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由良引け、洲本城。蜂須賀家家老・稲田さんが来たよ。淡路島。

こんにちは。

あちこちで局地的な豪雨。高山市では例年の1ヶ月分の2倍が1日で降るなんて、もう、めちゃくちゃです。

大阪府北部も、地味にえらいこっちゃ、でしてん。

さらに北部の京都府福知山、綾部がまだ土砂災害警戒警報が継続してます。


さて。淡路島。


洲本城と脇坂安治。


股の間に家紋がある人(後述する稲田君)に命令される安治くん。

1609年。脇坂安治は伊予に移り、藤堂高虎が預り城代を置きます。
1610年。池田輝政が淡路国を与えられ、三男・忠雄が、まず岩屋城に、そして、由良城に居城します。


大阪城包囲網を作るためでした。

明石海峡と大阪湾を共に監視できる岩屋。

これは岩屋の石屋神社。

石屋神社の記事はこちら→→→
いかに石屋の神ならば神。式内社の石屋神社。



そして、洲本城は廃止。


由良は、紀淡海峡に面し、海路を大阪に向かう船舶の監視に適した場所。


洲本城から見える由良城。


高台から見渡せば、怪しい動きのお船も一目瞭然。


1615年。淡路国は阿波徳島藩主である 蜂須賀至鎮に加増され、蜂須賀家家老の稲田氏一族が由良城代となります。


しかし、どうも使い勝手が悪い。

由良城を廃し、洲本城に再び本拠を移すことを決定。


「由良引け」と呼ばれる、由良城下をごっそり全部お引っ越しの作業です。

1631年から1635年、なんと4年間もかかりました。

この「由良引け」で由良城は廃城、洲本城が淡路政庁と定められ、明治維新まで稲田氏が洲本城代を務めることとなったのです。


やがて上のお城は廃され、麓に政庁機能を移します。

以降、上のお城が使われることはありませんでした。


今は、洲本市立文化史料館や裁判所が建ってます。


上のお城の場所には1928年(昭和3年)に昭和天皇御大典記念として 鉄筋コンクリート製の模擬天守が建造されました。

模擬天守は江戸時代の天守を復元していません。
しかし、模擬天守としては日本最古のもの、ってことで、別の意味で有名に。


洲本城(上のお城)
住所 兵庫県洲本市小路谷1272−2


いつも応援いただきありがとうございます。模擬天守、ちびこい展望台で景色がよくて人気だったのですが、なにせ日本最古のため、現在は立入禁止。夜のライトアップがきれいです。洲本温泉でまったりして、夜の海岸でポケーっと波の音を拝聴しながら缶炭酸麦汁ごっくんこ。さいこーです。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。
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No title

こんにちは~♪
本文記事とは関係ないですけど、蜂須賀子六と加藤清正の生家は意外と近いんですよ(笑)
感嘆に言えば隣村のようなものです^^
史跡を巡ると意外なことに気が付くものですね( ^)o(^ )

まり姫様

こんばんは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そこはもう、出身地ですから得意分野ですがなー。
愛知県海部郡(知らんうちに、あま市になってた)の蜂須賀小六と福島正則、名古屋市中村区の加藤清正と秀吉。

名古屋インター近くの名古屋市名東郵便局付近の柴田勝家。
名古屋市昭和区御器所の佐久間盛政。

皆、尾張から出ていって帰ってこなかったのですよねぇ。寂しいもんです。阿波国の蜂須賀さん、は、何となく違和感があるのだなぁ。
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