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若狭遠敷明神、遅刻したー!若狭小浜「お水送り」その壱。

こんにちは。



Do you know、良弁和尚?

689年、ここ若狭・小浜下根来で生まれ。


鷲にさらわれ、

奈良金鐘寺(東大寺の前身)で育てられました。

義淵に法相宗を学び、新羅の僧・審祥を招いて華厳経講を開き、華厳宗を広め、東大寺建立に尽力。

時は聖武天皇在位の752年春。


東大寺の大仏開眼供養が盛大に催されました。

良弁は、東大寺初代別当(開祖)となります。
そして、773年84歳で亡くなりました。


一方、若狭の神宮寺にインドから渡ってきた実忠。
東大寺に移り、良弁の弟子になり、二月堂を建立します。


大仏開眼2ヶ月前の2月初日から、天下世界の安穏を願い、14日間の「祈りの行法」を始めます。

これが「修二会」。つまり、実忠は修二会を始めた人なのです。


2月初日から「神名帳」を読み上げ日本全国の神々を招待し、行の加護と成就を願います。

しかし、皆が参列したのに、若狭遠敷明神が来ない。


2月12日午前1時ようやく参列。修二会はあと2日で終わるってのに。


何をしてたかというと、釣り。


釣りをしていて修二会行事に遅れたお詫びに毎年、二月堂の本尊の十一面観音に供える閼伽水(あかすい)を送ると約束しました。


約束したとき、二月堂の地下の井戸から白黒の鵜が飛び出てその穴から泉が湧きました。

その水源が若狭の水中洞穴。よって、東大寺二月堂の井戸は「若狭井」と名付けられました。


こんなところの


この岩の下。


この穴から鵜が潜っていったので、この川淵は「鵜の瀬」と呼ばれるようになりました。


若狭の鵜の瀬から「お水送り」し、地下を通って奈良にたどり着いた閼伽水を「お水取り」してご本尊にお供えする儀式。それこそ

「東大寺二月堂のお水取り」なのです。


いつも応援いただきありがとうございます。若狭の鵜の瀬から東大寺二月堂までは、きっちり10日間で到着するといわれてます。誰か試してみないかい?
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徳平先生

こんばんは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

おおおー、本堂にお入りに!さぞかし幻想的で厳かなんでしょうね。
私はわちゃわちゃの群衆の中で、火の粉を被りたいようなそうでもないような迷いの場所に陣取っていました。

ご存じの通り、海のある京都、と言われるほど寺社と仏像が多数存在する若狭。
博物館で拝見するより、やはり現場で空気と景色と共に味わうのが一番ですよー。
ぜひ、海水浴のついでに。夏太り対策。てくてく、と。
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つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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