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覚行法親王御陵所の九品寺と船阪八幡宮。真夏の寺社探索は苦行だわ。

こんにちは。


九品寺の大門。


いやーな予感がするけれど、なんとなく心惹かれて中へずんずん進みます。気温38度。思考力崩壊中。


前回の続きです。九品寺の大門から参道を少し歩きました。


お寺の門がありました。


「弘法大師開基(弘仁元年 ※810年)」「鴫尾山 九品寺」


「白河天皇勅願道場」「白河天皇御廟塔所」「覚行法親王御陵所」

白河天皇が皇后賢子の安産を祈願し、御堂を建立。土地を寄進。

皇后賢子は無事に皇子を出産、白河天皇は、阿弥陀堂・鐘楼堂・五重塔・経蔵・護摩堂・仁王門を建立。

第二皇子の覚行法親王(1075-1105)を中興開山として入寺させ門跡寺院として復興。



参道の左側には観音様。


九品寺の別名は、船阪観音。丹波三十三観音霊場の第二十番札所。


いろんな虫がぶんぶんぶん。


参道の両側には昔の寺院跡とおぼしき平地と石組が散見されます。

参道の突き当たりには、こちら。




白河天皇第二皇子の覚行法親王の御陵です。

幼い頃に仁和寺に入り出家した覚行は、父の白河天皇の寵愛厚く、出家の身でありながら親王宣下を受けて最初の法親王となった人物です。

出家した皇子が親王宣下を受けるとは前例がない!との反対意見に対し白河天皇は「内親王といふこともあれば、法親王もなどかなからむ」と言って強行しました。(『今鏡』326段)

仁和寺が歴代治天の君の保護を受け、その子が法親王として御室を継承する慣例を作った二人です。




宮内庁が管理している宝篋印塔。ふたつ。はて?
左が1.4m、右が1.3m。製作年代は不明。

一旦下りて、参道に戻ります。


ここをのぼれば何かある!くんくん。

その前に汗くっさいお手手を洗いましょ。

埋もれすぎ。


やっとここまで来ました。


山寺の趣です。


本堂は観音堂となってます。


白河天皇と覚行法親王により復興した九品寺。
しかし、南北朝から戦国の戦乱によって、本堂と仁王門を残して焼失、衰微。

元和9(1623)年、園部藩主小出吉次が再建しましたが、ほとんどの末寺が地域の神宮寺であったために神仏分離以後は衰退。
さらに第二次世界大戦後には大門(仁王門)を残して荒廃。

無数の寺宝が流出してしまいました。
不動明王像と十一面観音像は、メトロポリタン美術館。

ご本尊の千手観音様は京都の正法寺。


ね。
 

本堂の左横にあった「雷除ヶ石」。かつては雷除けの祈願が行われていました。

戦後、近隣数ヵ所に同時に落雷があったとき、九品寺をお祀りせず荒廃させてしまったから天罰が下ったのだー!と言われたほど霊験あらたかな雷神だとか。

そのわりには…もごもご。

本堂に向かって右を見るとこちら。



泣きそう。正面の建物は舞殿らしき風情。


いろんなもんが足元でばっさばっさと飛んでました。


船阪八幡宮です。


覆屋の中を覗いてみました。失礼しております。


ちらり。


船阪八幡宮の標識に従って小道を入ると、こんなすごい道を車で通ることになるので、九品寺の駐車場からてくてくするのがおすすめです。


気ままなドライブで、素敵なところに立ち寄ることが出来ました。


おまけ

これはヤバイと思って、車に常備の山寺散策セットで完全武装。


参考文献
園部町教育委員会『園部の歴史~郷土の資料~』
Wikipedia「覚行法親王」
九品寺現地説明板(南丹市教育委員会)

九品寺・船阪八幡宮
住所・京都府南丹市船阪大門47-1



いつも応援いただきありがとうございます。日本一の大天狗様になる前の白河天皇って、どんな人物だったのかなー。この辺りはお城もわんさかあるのですが、今回は消えそうなお寺の探訪。神仏分離と廃仏毀釈。む。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

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No title

つねまるさんは熱いです (^^)
エアコンを利かせて素晴らしい自然と名刹を鑑賞しましょう。 私は毎日草刈り地獄で、草木・蚊・ブヨと戯れています。暑いです。痒いです。

No title

こんにちは~♪
京都府でこれほどうっそうとしているお寺はあまりないでしょう(笑)
真言宗なのにお坊さんもいないのでしょうかねー
さびれすぎ(゚うェ´゚)

chorusan様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。体調は戻られましたか?

あまりに暑くてエアコンを20度にして最強にしても部屋が冷えず、いっそ出かけてしまおーっとドライブしました。走り回って帰宅の予定が、ついつい。

ブヨにやられると、あおぢになってかゆ痛いですよね。chorusan様が刺されませんように、お祈りしてます。えいっ。

まり姫様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

寂れて奪われてお気の毒なお寺です。楼門だけでも、よくぞ残ったものです。一応、住持様はおられるようなんですが、檀家さんがないので維持費捻出が大変らしく。

同じような境遇のお寺は、南丹・丹波地域には散見されますが、ここまでのものは少ないですねー。戦国の焼き討ちがきっかけで衰退し、廃仏毀釈と神仏分離がとどめを刺したのでしょうね。
綾部市の光明寺さんの国宝の仁王門は素晴らしいので涼しくなったら行きますねー。
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