脇坂さんちの龍野城
赤松氏のいなくなった後は、戦国末期から江戸期にかけてコロコロと藩主が交代し、一時幕府の直轄領となり代官が支配。
1672年、脇坂安政、ふろむ信州の飯田、が、藩主になります。
安政君が入った時は城・侍屋敷は壊され「城郭の地ことごとく田畑となるありさま」。
商家に仮住まいしながら町を再建。
でも外様なのですごーく遠慮して、麓にあったボロボロの御殿式の城を修復して使用。(赤松さん時代も、毎日の登山は辛いので、麓に居館がありました。その辺り。)
以降、脇坂さんは廃藩置県まで10代続きます。
そんな脇坂さんちの龍野城。
ずーっと大事に使ってたのに、明治に壊されて競売にかけられました。これは、昭和50年代再建。





いかがでしょう?

ほっこりする梅園。なんか、すごく好きになった。
ここはね、梅の木が少ししかないから、1本ずつ可愛がれるのよ、っとお話ししてくれた職員さん。庭師、設備、掃除(館はホウキと雑巾のみ)、全部一人でされてるんですと。
話し込むこと30分。
脇坂のお殿様、現在も続いているそうで。
ただ、今は都会にお住まい。ちょっと寂しいって。
さて。脇坂さんといえば、輪抜き紋。

知恵の輪。
庭石にも、輪(右側)。これは江戸上屋敷の庭石。

飯田から来た安政君は、譜代の老中、堀田氏から脇坂家に入りました。
後に、実の弟が老中のとき、外様から「願譜代」と格上げしてもらいます。後に、正式な譜代大名になります。
脇坂さん・・・はっきり解らなくても、どこかで聞いたことある名前?
①脇坂氏初代、安治

JR木之本駅で働く官兵衛と七本槍ズ。
ここの、

真ん中のミドリの人。
②四代、安照
忠臣蔵で、赤穂城請取りの正使。お隣さんのよしみ?
③十代、安宅(やすおり)
桜田門外の変当時の老中。
代々有能な人が続いたので「五万石でも脇坂様は花のお江戸で知恵頭」なんて言われたり。
え?
「五万石でも岡崎様は城の下まで船が着く」でしょ?ぶうぶう。
そんな龍野といえば、この隅櫓に桜満開写真が有名かと。

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1672年、脇坂安政、ふろむ信州の飯田、が、藩主になります。
安政君が入った時は城・侍屋敷は壊され「城郭の地ことごとく田畑となるありさま」。
商家に仮住まいしながら町を再建。
でも外様なのですごーく遠慮して、麓にあったボロボロの御殿式の城を修復して使用。(赤松さん時代も、毎日の登山は辛いので、麓に居館がありました。その辺り。)
以降、脇坂さんは廃藩置県まで10代続きます。
そんな脇坂さんちの龍野城。
ずーっと大事に使ってたのに、明治に壊されて競売にかけられました。これは、昭和50年代再建。





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ほっこりする梅園。なんか、すごく好きになった。
ここはね、梅の木が少ししかないから、1本ずつ可愛がれるのよ、っとお話ししてくれた職員さん。庭師、設備、掃除(館はホウキと雑巾のみ)、全部一人でされてるんですと。
話し込むこと30分。
脇坂のお殿様、現在も続いているそうで。
ただ、今は都会にお住まい。ちょっと寂しいって。
さて。脇坂さんといえば、輪抜き紋。

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庭石にも、輪(右側)。これは江戸上屋敷の庭石。

飯田から来た安政君は、譜代の老中、堀田氏から脇坂家に入りました。
後に、実の弟が老中のとき、外様から「願譜代」と格上げしてもらいます。後に、正式な譜代大名になります。
脇坂さん・・・はっきり解らなくても、どこかで聞いたことある名前?
①脇坂氏初代、安治

JR木之本駅で働く官兵衛と七本槍ズ。
ここの、

真ん中のミドリの人。
②四代、安照
忠臣蔵で、赤穂城請取りの正使。お隣さんのよしみ?
③十代、安宅(やすおり)
桜田門外の変当時の老中。
代々有能な人が続いたので「五万石でも脇坂様は花のお江戸で知恵頭」なんて言われたり。
え?
「五万石でも岡崎様は城の下まで船が着く」でしょ?ぶうぶう。
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