「軍師官兵衛」の信長鑑賞の能楽は「葵上」。曲趣紹介です。
大河の「軍師官兵衛」。第24話「帰ってきた軍師」。
有岡城で信長様が濃姫を横に戦勝祝いの宴を催していた場面。
あれは能楽「葵上」でした。
今日は「葵上」と、能楽における女の鬼についてご紹介します。
能楽「葵上」のシテは、六条御息所の生霊。
大河の能楽の場面は、この構図。(お囃子・地謡は省略)

正先に置かれた着物で病に伏せる葵上を表しています。
お話の内容としては、源氏物語をほぼ踏襲しています。
物ノ怪により病に伏せる葵上の枕元に、朱雀院に仕える臣下(ワキツレ)が亡霊を呼び寄せる呪術をつかう照日ノ巫女(ツレ)と参り、巫女が物ノ怪の正体を占う祈祷を始めます。
「天清浄地清浄。内外清浄六根清浄」
梓弓を打ち鳴らすと
「三つの車に法(のり)の道。火宅の門をや出でぬらん。夕顔の宿の破れ車。遣る方なきこそ悲しけれ」と、六条の御息所の生霊が破れ車(やれぐるま)にのって現れます。
光源氏の愛を失った悲しみと恨みを葵上の枕元で嘆きます。

六条の御息所ほどの方がなんてこと。思い止まり下さいな、と言われても、御息所の感情は次第に高ぶっていきます。

「瞋意の炎は身を焦がす。思い知らずや。思い知れ」(枕乃段)
夢の中でさえ戻らないのが私の光源氏との契り。それでもなお思いは増すばかり。そんな自分の姿は…。

扇で顔を隠します。
恥ずかしい、という理性はある点が悲しいところ。しかし、御息所は「枕に立てる破れ車。うち乗せ隠れ行こうよ」と、葵上を幽界へ連れ去るわよ、という声を残して姿を消します。(中入)
臣下は急ぎ、比叡山横川の小聖という行者を呼び寄せ、怨霊退散の祈祷を始めます。
「行者は加持に参らんと。役の行者の跡を継ぎ。胎金両部の峯を分け。七宝の露を払いし篠懸(すずかけ)に」
大河では、この「すずかけに」の、「かけに」から音声が始まっています。なぜー?
やがて鬼女の姿になった六条の御息所が現れます。

おシテの六条御息所の上半身の装束の模様。鬼の定番のこれ。

鬼の装束についてはこちらの過去記事に→→→
鬼女か否かの見分け方は装束にあり。「安達原」島熊山桜能
そして、面は「般若」。

般若の上の部分は苦しみや悲しみの表情。
そして下の部分は怒りの表情。
角が生えるのは女の鬼だけ。
小聖は続けます。(大河で聞き取ってみよう(*^^*))
「不浄を隔つる忍辱(にんにく)の袈裟。赤木の数珠の刺高(いらたか)を。さらりさらりと押し揉んで。一祈りこそ祈ったれ」
不動明王の真言「曩莫三曼多縛日羅赦(なまくさまんだばさらだ)」をとなえ、葵上に迫ろうとする六条御息所の怨霊と激しく戦います。
お囃子のみが流れる中を二人の攻防は続きます。これを「祈(イノリ)」といいます。(大河はここまででした)

たとえどんな悪霊でも行者の法力尽きるものか!と、重ねて祈祷し続けます。
祈り伏せる言葉については、過去記事をご覧ください。→→→
「安達原」で鬼を祈り伏せる言葉の数々・島熊山桜能

行者に祈られて、六条御息所の怨霊は苦しくて下を向きます。すると、「般若」の面の苦しみや悲しみの表情が現れます。
しかし、逆襲し襲い掛かるときには顔を上げて、口を開けた怒りの表情で行者に向かっていきます。
二つの表情を一つの面で表している「般若」の能面だから表現できる場面です。(古式の鬼女の面と能面との相違点)
激しい争いののち、六条御息所はついに法力に祈り伏せられます。
「あらあら恐ろしの般若声や。これまでぞ怨霊この後又も来るまじ」と、 ふと我に返って気付いた浅ましい我が姿を恥じ、最後は心を和らげ成仏します。
おしまい。
能楽「葵上」のおシテ、六条御息所。
高貴な女性の嫉妬の執念がこの曲の主題です。
女の嫉妬に狂う激しく醜い姿であっても、気品漂うしっとりとした品位が求められる難しい曲です。
参考文献
観世左近著「観世流百番集」より『葵上』(檜書店発行 昭和45年版)
皆様の応援のおかげで更新頑張れます。見逃した方はぜひ再放送で。どアップの般若の面が映ります。うふふふふふ。



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