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敦賀港は人道の港。命のビザとポーランド孤児。

敦賀港。



敦賀には、様々な時代の史跡がありますが、ご紹介はこちら。



なにかというと。



お写真の男性は杉原千畝さん。皆様ご存じ。「命のビザ」をユダヤの人々に発行した方です。

「人道の港 敦賀ムゼウム」についてお話する前にまず、敦賀港の歴史ざっくり。

1899(明治32)年に開港場(外国貿易港)の指定を受ける。
1902年 敦賀とウラジオストク間に直通航路が開設。
1910年 駐日ロシア領事館が開庁。
1912年 東京の新橋駅と敦賀の金ヶ崎駅の間に欧亜連絡列車が運行される。敦賀からウラジオストク間は航路、さらにシベリア鉄道を利用してヨーロッパ各都市と日本が結ばれることとなった。敦賀は拠点港となり「東洋の波止場」として繁栄した。


手前にロシア領事館。


往時の敦賀港。

1920年から1922年にかけて合計763人のポーランド孤児が日本赤十字社の救助により日本へ渡航。敦賀港に上陸。

シベリア動乱により家族を失ったポーランド孤児の受け入れのため、敦賀上陸委員が大阪までの運賃の優遇措置を鉄道省に申請する等、奔走。
敦賀町や住民は菓子・果物・文具を差し入れ、宿泊場所を提供。



1940年7月18日。
杉原千畝さんが勤務するリトアニア領事館にユダヤ人難民が日本通過のビザを求め押し寄せました。

領事代理の彼は、外務省に背いてビザを発給。

道中のシベリア鉄道でも強制連行・略奪という憂き目にあい、ようやくユダヤの人々が「命のビザ」を握り締めて初めて踏んだ日本の地がここ、敦賀なのです。その数、6000人。

彼等の証言が残ります。

「山に雪が積もっていて、敦賀は悪夢から覚めた楽園のようだった」

「戦争も差別もない。人々は親切で自由に街を歩くことができた。天国です」


港から欧亜連絡列車という名の列車が発着する敦賀駅までの間に、敦賀の人々が差し出したリンゴ。

それをユダヤの人々は、一口かじっては横の人に回し、皆で分かち合いました。


敦賀港の近くの朝日湯さんは、ユダヤの人々に銭湯を無料開放。

「温かい湯は気持ちがよくて、本当に嬉しかった」




「人道の港 敦賀ムゼウム」
命のビザにより救われた人々の証言、当時の情勢、杉原千畝さんの肉声、等、多数の映像や展示があります。


目の前に困っている人がいればごく自然に助ける心遣いをする。
それが本来誇りにすべき日本の姿ではなかったか…。

金ヶ崎城等の史跡が多い敦賀港周辺ですが、こんな歴史もあることを心に残しておくことも大事ね…と、思いました。


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センポさん、日本人の誇り

この方の話を知ったのはごく最近で、確か「歴史街道」という雑誌で「武田勝頼特集」よりもページを割いていたので思わず読んで感動してました。ウラジオストックの根井三郎さんの判断も素晴らしいものだったと記憶しています。

人道的判断を優先し本国の命令に逆らい、手の感覚が麻痺しても手書きでビザを発給し続けた杉原氏。

「敗戦国=国民1億総懺悔」という呪縛に我々日本人はいつまで縛られたら気が済むのでしょうか?そんな事では、私たちの未来の為に命を投げ出して戦場に散ったご先祖様に対して申し訳ないと思うのです。

過去にキチンと向き合い未来をしっかり見定める。戦争という狂気に支配された日本人が多い中で、杉原氏や根井氏の英断はもっと取り上げられて然るべきだと思っています。(つい、熱く語ってしまいました・・・汗)

らんまるせんせ

こんばんは。

「歴史街道」の特集、私も感動して読みました。
杉原千畝さんを知ったのは恥ずかしながらドイツ人の神父様からでして。お前、日本人なのに知らないのか!?っとえらく叱られました。

杉原千畝さんが注目された数年前のブーム。一過性で終わってしまったようで腹立たしいです。


>「敗戦国=国民1億総懺悔」という呪縛に我々日本人はいつまで縛られたら気が済むのでしょうか?そんな事では、私たちの未来の為に命を投げ出して戦場に散ったご先祖様に対して申し訳ないと思うのです。

仰る通りだと思います。
京都の霊山観音様には戦没者名簿があります。その一人一人は、残る家族のために命散ったのでしょうに、(自主規制)。


>過去にキチンと向き合い未来をしっかり見定める。戦争という狂気に支配された日本人が多い中で、杉原氏や根井氏の英断はもっと取り上げられて然るべきだと思っています。

はい。

終戦記念日だけ騒ぐのではなく、ふとした時に思い出す事ができるようにしなければ。
一過性のブームで終わってはいけないことだと思います。
昔の二宮金次郎さんみたいに、記憶に刷り込むことはできないもんかなぁ。

身近に感じられるように、無料休憩所と資料館を併設された敦賀市の英断には、拍手と感謝です。

前後左右、様々な考え方はあるでしょうが、人間の尊厳を守り尊重すること、というのは、共通項だと思うのです。


らんまるせんせ、貴重なコメントをありがとうございました。
心より御礼申し上げます。
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