天椅立神社(1)ジューン台風被害と鎮座地

こんにちは。


派手に道を間違え、


行くは地獄、戻るのはもっと地獄。

突き進め!


死に物狂いでたどり着いた、天椅立神社。南側。


北側。

吉野川北岸の河岸段丘に鎮座するお社です。


調べたらどうも「ジェーン」じゃなくて「ジューン」、日付は正しくは、9月14日。

せっかくの標柱なのに、惜しいなぁ。


《ジューン台風》

昭和29年台風第12号 。
1954年(昭和29年)9月5日に発生した台風。
国際名は「June(ジューン)」。
鹿児島県薩摩半島に上陸。(wikipediaより)

昭和29年(1954)9月13日、台風12号(ジューン台風)により、岩津での洪水流量は15,000立米/秒を記録、治水計画の再検討となった。

岩津上流部の三好・美馬・麻植郡の各地区では家屋の全壊・流失・浸水が続出。

この出水により、死傷者17人、被害者20,230人の被害が出たほか、本川堤防も各所で破堤寸前の危機に瀕し、漏水の規模も最大であった。


(四国災害アーカイブス「昭和29年のジューン台風」より引用)
https://www.shikoku-saigai.com/archives/35280


石段の12段目。


貴重な災害の記録です。

「吉野川の最高水位/1954.9.14/台風12号」


すごかったんだなぁ。


左奥が天椅立神社鎮座地付近。

利根川・筑後川と共に日本三大暴れ川のひとつ「四国三郎」といわれる吉野川ですが、上流域でこの被害とは。


徳島自動車道の向こうが吉野川。

目の前全てが水の中になったんだよー。


ねーねー、狛ちゃんっ。


すごかったんだね。怖かったね。


うんうん。


お水は怖いね。ぜんぶ持ってくからね。


私の生産地、名古屋では伊勢湾台風。

リアルタイムで体験した母は、転居先を決める時に「ここは水に浸かったからやだ」と言い張り、もう今じゃそれはないだろ?と言っても頑として譲りませんでした。

涙目で嫌がられると抵抗など出来るわけもなく、引っ越し先は高台に。

後年、名古屋市内で浸水があった時に、確かに母の言った地域は被害が発生。

昔の人の体験談や土地に残された記録は、無下にせず、ちゃんと聞かないといけないなぁと思いました。

それと、これは関西に来て実感しているのですが、古い神社の鎮座地や、古都の場所ってのは、やはり強い気がします。



狛犬さんが無事だったことから、いろいろ考えさせられた天椅立神社です。


天椅立神社
《住所》徳島県三好郡東みよし町昼間3266




いつも応援いただきありがとうございます。
天橋立神社、ではなく、「天椅立神社」と書くようです。地図で見ると吉野川がすぐそばと言うほどでもないのに、この水位。ほんとに自然災害ってのは怖いです。いつまでも残るように打たれた鋲。しっかり覚えておくことが必要なんだと思いました。

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No title

行くは地獄、戻るも地獄…私も方向音痴なのでよくあります(笑)
津波の時もそうでしたが、神社の境内に逃げて助かったというパターンは多いですよね。青森にもそういう神社あります。

今は・・・大雪で…毎朝助けてくれ~状態です(泣)

こんばんは

ジューン台風は知らないけど、伊勢湾台風はよーく憶えています。
私が小学校の時でした。
学校の先生から「とんでもない被害が出たから、何でも寄付できる物を持ってくるように」と言われ、当時、繊維関係の仕事をしていたので、毛布とか下着とかを出した覚えがあります。
今でも、伊勢湾台風と言えば、台風の代表としてインプットされています。
お母様、怖い思いをなさったんでしょうね。
そういう伝承って、大事にしなければいけませんね。

No title

こんばんは!

この道を車で進まれたのですか?
私には到底徒歩か自転車で行くような道に見えます(^^ゞ

災害の記録というのは、正確に後世に伝えるべきですね。
そして、先人たちの教えを守らなければ、同じ過ちを犯すということです。

災害

そうです。昔の人は神社・佛閣・城郭といった公共施設は災害の被害のない場所を選びました。
一般住宅や商店などは、生活の便のために低地に密集して建てましたが、いざ災害!というときには神社・佛閣などに避難をしたのでした。
世界遺産研究の会という講座でも伊勢湾台風が話題になったこともありまして、講座で勉強をしてから、木曽三川の下流域、堤防で囲ったあたりなどをバスツアーで見学に行ったことがありました。
災害大国日本です。いつも気を付けていましょうね。

yuki様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あ、ほんとぉー?よくありますー?

わーい、お仲間♪♪♪

お社の杜が見えたから、あっちだー!的な中途半端な自信がいけなかったです。

でも、たぶん、運転は上手になっていくのですわ。
狭いとこをすり抜けるのだけは、上達した気がします。
よく駐車場で拍手されます。ふふふ。

津波のときもそうでしたか。

やはり、古来よりあるものの位置ってのは、大事ですね。

そういえば、お寺を探すときには、上を見ろって祖母が言ってましたわ。

えー。

毎朝へるぷみーですかいっ。

それは大変なことですね。
ニュースでぼやーんっと見てるだけでも、うわーって驚きますが、当事者さんはそれどころじゃないですね。

早く、あったかくなれー!!

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あらぁ。そうでしたか。ありがとうございました。

叔父が関東から帰宅する途中、河川が一面ご遺体でいっぱいで、母も祖母もダメかと諦めかけたと言っておりました。

母が言うには、雨戸が外側に膨らんでぶっ飛んでしまい、片方だけだと家のなかで風が巻くので反対側の雨戸を開けて風を通したそうです。

せっかく名古屋大空襲を乗りきったのに、台風なんかで失ってたまるもんかー!っと家を守ったとか。

名古屋の寺社に鉄筋コンクリートが多いのは、空襲で焼失後、やっとの思いで再建したのに、伊勢湾台風によって倒壊したため、何が起きても大丈夫な仕様にしたため。

経緯を知ると、木造じゃないとか趣がないとか、そんな感想を述べる愚かさを感じます。

名古屋市内を動くたびに、ここは空襲で焼けたとこ、ここは水に浸かったとこ、と、よく教えてくれました。

おかげで私も地図で色分けすることができる程度には覚えましたよ。

災害は忘れた頃にやってくるそうですから、何かの折りにハザードマップを眺めておくことは大事だなぁと思いました。

しずか様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そーなんです。車で進みましたとも。

だって、車輪の跡が付いてましたもん。

ほ、ほ、ほほほほほ。うわぁーん。

真っ直ぐつながっていればなんの問題もなかったんですが、一枚目の画像にあるように、右は壁がせりだし、左は側溝の蓋が途切れるという、鬼のようなクランクが待ち構えているなんて、わからなかったんですっ。

私、きっと、ここだけ、運転がじょーずだったかもぉー。えーん。

災害の記録は自治体が集めており、ハザードマップ等に落としこんだり、体験談集などを作成していますが、「ホームページに載ってます」ってのは、ちょっとあかんやろと思います。

いざというとき、誰がホームページをのんびりたらりんっと見るかってことです。

現場に、大きく派手に、ここがこんなんやねーーん!!っと示す必要はあるでしょね。

和歌山の先っぽを旅するとき、絶対に津波からの避難場所を確かめます。

ホームページじゃなくて、地域の方々が作った標識しか頼りになるものがないです。かなーり、怖いですわ。


世代間の申し送りは不可欠ですね。

近年様々な災害が起きており、先人たちの教えの確かさと大切さは痛感されている方が多いとは思いますが、ほんと、ちゃんとそれを守らなくては同じ過ちを繰り返して悲劇が起きるのですよね。

ヨリック様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

私などは、大きな災害に遭遇もせずのほほんっと生きてきましたので、訪れる先で出会う貴重な記録はとても学ぶことばかりです。

安全な場所を見極める目を持っていたのか、それともそこへ至るまで転々としたのか、経緯はわかりませんが、おっしゃる通り公共施設は災害の被害が少ないですね。

普段生活しているところで被災するとは限らないので、知らない土地へ旅する時はドキドキします。

特に海辺や、川沿い。

絶景よりも、安全な場所のお宿にするのも大切かなぁ?おおげさかなぁ?と迷います。

那智勝浦では、避難場所の地図が各お部屋に備えてあり、チェックイン時には説明も受けます。
でも、実際に上れるかというと自信がないです。

あら。

木曽三川下流域においででしたのね。

ぺったんこーーー!!で、びっくりされませんでしたか?

私も遠足で訪れて、びっくりしました。

教科書であれこれを習っても、やはり現地で体験すると怖さは格段に違いました。

母からもらった、いざというときに鳴らす笛で名前入りのペンダント、大事に持ち歩かないといけませんね。

車のガソリンは常に多目に、寝袋、非常食と水、電源になるもの、などは車に常備してますが、そもそも、頭をごっちんこしないようにお部屋を片付けなくては。

こんばんは

お久しぶりです。四国でも徳島は一度しか行ったことが無いのでブログを拝見しながらほうほうと勉強させて頂いております。
天橋立と聞いて丹後なのかと思ったら、徳島なんですね。どうして天橋立なのか謎でしょうがないので、解明されるのを正座してまってます。

台風や洪水の跡はきちんと残しておくことが大事なんだなぁと思いました。広島では大きな台風被害にあったのは原爆投下から一カ月後のキジナ台風以降ないのですが、鉄砲水や山津波が起きやすい土地なので用心にこしたことはないので・・・。
ただ、全国的なニュースになったあの土砂災害はやはり未体験のものだったようで、崩れた谷の上に砂防ダムを作ろうとしたら古墳が出てきたので工事が難航していると聞きました。予測不可能な災害が起きやすくなっているのだなあと思います。

トロロヅキ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あ、そうかー。私にしまなみ街道が遠いのと同じ感じかしら?

こちらは三好氏をメインにすると、ここら辺りから吉野川を下って鳴門へ出て、安宅さんの淡路島と堺をひっくるめてツボるとこです。

各地に大きな爪痕を残した台風は多いと思ってましたが、ほうほう。
キジナ台風というもの、初耳です。

大変な時にどえらいものが来たのですね。

調べてみます。ありがとうございます。

急峻で岩山なんでしょうか?
岩の性質にもよるのかなぁ。あー、だめだめ、ついついたたらに頭が行ってしまう。

あの惨事は全国ニュースで、その当時はよく見ましたが、相変わらずその後はまったく報道がなくわかりませんでした。
なんか、あまりよろしくないお話のことばかりが、ネットで流れていて、そんなこと、今言うかなぁと思ってました。

まあ。古墳が出てきたんですか。

反対に、古墳がある場所は被害がなかったってことになるのかしら。

家にいるときだけに災害が起きるわけではないので、仕事先はもちろん、旅先でもそこがどんなとこかを知っておくことは大切なんだろうと思います。

何度か怖い目に遇ったので、地元の方の「これくらいなら大丈夫です」という言葉は半信半疑になってしまいます。
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つねまる

Author:つねまる
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古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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