義経の山本山城址を遠望。そして、影、再び。

全身が日焼けで火照ってます。あちー。


舞台頑張ったごほうび。余呉湖が見えるお宿にお泊まりしてました。
湖面に山々が映ってきれー。


早起きして部屋から余呉湖を眺めて、二度寝して、チェツクアウトぎりぎりまで、ごろごろ。既に30度超えてます。


駐車場でぼけーっとしたまま、動けません。

でもあまりに天気が良いので、奥琵琶湖ハイウェイをドライブ。
長浜の北の辺りが対岸に見えます。


山本山には、山本山城址。義経のいたとこ。

かの源九郎義経では、ございません。山本義経です。

以仁王の令旨を受けて山本源氏の山本義定・義経親子が旗揚げし陣地としたのが山本山城。

治承4(1180)年12月16日。平知盛・資盛が攻撃。山本義経敗走。

後に山本山城へ入ったのが、浅井氏重臣の阿閉貞征(あつじさだゆき)。もとは北近江伊香郡の国人で京極氏に従っていましたが、浅井氏が台頭するとそちらへ。

信長VS浅井、の時、信長に内応し山本山城へ織田軍を入れたため、小谷城は孤立。落城。


その後、信長に従い地味に活躍。

しかし、本能寺後は明智方につき、秀吉の長浜城を占拠。そして。

山崎の戦いで明智方敗北の後、秀吉により捕縛。一族全て処刑されました。そして、山本山城は廃城となります。

登山道が整備され、解説板も充実のお城です。寒くなったらまた行きたいな。源平巡りで行ったので、土塁等は「なんのこと?」でした。


賤ヶ岳から山本山へ連なる山々(丘々?)には、古保利古墳群等わんさかと古墳があります。数えきれないくらい集中。

「せんせ!土塁です!」「古墳です」遊びが出来ます。いかがで?

湖東・湖北はとかく戦国の遺構が注目されがちですが、もっと古い大切なものもいっぱいあります。楽しいところです。うふ。


おまけ


木の下には、この子達がいっぱいぶらんぶらん。


上下左右に揺れるのでご注意を。


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おまけのおまけ

道の駅「塩津街道あぢかまの里」様の「鴨そば」500円。
琵琶湖産川えびのかき揚げと鴨肉。

「そうだ、鴨そば食べよう」

そして私はドライブに出る…。

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