真田丸第46話「砲弾」塙団右衛門末裔、松江藩鉄師頭取役とたたら

こんにちは。

真田丸第42話「味方」


ためて~


破裂音で、自己紹介。んん…ばんっだんえむぉん、と覚えましょう。

塙団右衛門は、出自・半生は不明ですが、「真田丸」で自己紹介したように加藤嘉明に仕えます。

加藤嘉明は、


賤ヶ岳七本槍の一人(メンバーは諸説あり)

団右衛門は朝鮮の役で功あり、鉄砲大将となるも関ヶ原後に出奔。

理由は諸説ありますが、立つ鳥あとを濁しまくった出奔だったようで、加藤嘉明は


「奉公構」を出し、団右衛門の再就職を妨害。


※「奉公構」
大名が、出奔した家臣又は改易した者について、他家が召抱えないように釘を刺す回状を出すこと(wikipediaより)


その後の団右衛門は、

小早川秀秋(嘉明よりも格上なので関係なし)→松平忠吉(家康の子で井伊直政娘のだんな・関ヶ原後死去)→福島正則に仕えますが、

福島正則に対し加藤嘉明が「奉公構」を主張。
団右衛門、クビ→略して「ぷーたろー」→大坂城へ。


よろしくね♪の笑顔が奥深い。


几帳面な文字ですな。


まずは満足な団右衛門。


真田丸第46話「砲弾」

11月17日。団右衛門は


蜂須賀至鎮の陣へ夜襲を仕掛けます。(徳島市興源寺蜂須賀家墓所)


(徳島市諏訪神社境内社・稲荷神社のお狐様♪)


夜襲の場所は本町橋。オフィス街のど真ん中です。


大将クラスがほいほいと先頭に出てはいけませんが、そこはドラマ。


団右衛門の大坂冬の陣での見せ場です。

この時の自分の名前を書いた木札をばらまかせたお話は有名。


団右衛門はボランティアで戦に来ているのではありません。

手柄をあげて、大名になれるもんならなりたい。
強く強く自己アピールします。

が。

団右衛門は大坂夏の陣「樫井の戦い」で浅野長晟と対戦、討死。


【団右衛門の末裔達】

団右衛門の末裔は、現在も地方の名士として続いておいでです。


(右:塙団右衛門所有具足)無論、武将ではありませぬ。

ポスターのすみに見えるゆるキャラ(?)は、


いろいろと大丈夫か心配なダンえもん。

ほにゃ次元ポケットから名刺をどんどん出して、頭はふぁいやー。

ダンえもんの頭上にあるのは、


たたら製鉄の炉。


そう、たたらと関わりがあるおうちになるのです。


団右衛門を祖とするのは、


松江藩 鉄師頭取役 櫻井家。


《団右衛門長男、第2代直胤(なおたね)(1592-1652)》

大坂の陣後、安芸広島藩主の福島正則に仕えます。

しかし数年後に正則が転封となり、代わって城主となったのが、樫井の合戦で団右衛門と敵対した浅野氏。



直胤(なおたね)は身に危険が及ぶことを恐れ、母方の旧姓「櫻井」を名乗り、「櫻井平兵衛直胤」と名を変え浪人に。

「櫻井平兵衛直胤」は、可部郷(現・広島市可部付近)へ移り、やがて高野(現在の広島県庄原市/古代たたら製鉄の遺跡あり)で製鉄業を始めます。


※「櫻井」の名だけを見れば直胤が初代ですが、櫻井家では塙団右衛門を初代と数えているので、それに準じます。


《第3代櫻井三郎左衛門直重(1619-1679)》


ここは奥出雲。奥出雲といえば、たたら製鉄の地。

第3代直重の時、現在の島根県奥出雲町上阿井呑谷へ。


屋号を「可部屋」(第2代直胤が移り住んだ「可部郷」より命名)とし、「菊一印」の銘鉄を作り出し。


《第5代櫻井源兵衛利吉(1699-1773)》

松江藩より地域の製鉄をとりまとめる「鉄師頭取役」の要職を与えられます。

おうちは、


奥出雲「松江藩鉄山師頭取」の櫻井家屋敷




塙団右衛門を初代、長男・櫻井平兵衛直胤(なおたね)を第2代とする松江藩鉄山師頭取櫻井家のお話、つづく。


参考文献
可部屋集成館展示資料
可部屋集成館図録


いつも応援いただきありがとうございます。
ずっと頭にもやもやと残っていた硫黄山のご紹介を終えて、さっぱりしたところで戻ってきました、たたら製鉄。塙団右衛門については、ほんとは大坂夏の陣まで待てばネタバレにならないのですが、その頃には真田丸ロスになっていそうです。名刺をどんどん配る団右衛門がかわいくて、うはうはな日曜日の真田丸。もう待ちきれないわー♪っと出してしまったばんだんえもん。どっぷりつかったたたら話によろしくお付き合いくださいまし。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

そうなんですか。

塙団右衛門といえば、正直言ってお名前しか存じていなかったもので。
末裔の方はいらっしゃるんですね。
良かった良かった。
それも、たたら製鉄の関係者だったんですか。

大阪籠城後の真田丸を見ていると、これじゃあ家康に勝てるわけがないわねぇ・・・と。
歴史の波は、誰にも止められないのよね。と思ってしまいます。

No title

こんにちは~

塙団右衛門の子孫がたたらと関わることになるとはビックリ仰天^^

先祖のことが、どう伝わってるのか気になる。
伝承とかあるんだろうなぁ^^

ぽちぽちぽちーーー☆彡

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。
お返事が遅れまして、申し訳ございません。

私も司馬遼太郎の小説で読んだだけで、面白い人がいるものだ、っと名前の字面だけは覚えてたのですが、よもや奥出雲で出会うとは。

びっくりです。

大河でもいい味を醸し出していたので、もっと奥出雲も宣伝すればいいのになー。千載一遇のちゃーんす!なのになー。

松江藩の鉄師は、操業に必要な炭を作るための森林を所有する、いわば大地主。
各鉄師の祖は、伝承では地元の土豪だったり、移動してきた武家だったり。

奥出雲や岡山・広島の北部では森林と砂鉄があるため、たたら製鉄が生業。自然とたたら製鉄に携わるようになったのかと。

幸村が大坂城へ入ったときは、もしかしたらいけるかも!?歴史が変わるかも!?なーんて阿呆な事を思うほど勇ましかったですが、ほんと、あれじゃダメだー。

これからの数週間は、真田丸ロスへの階段をのぼる気持ちです。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

ぼーっと道の駅で観光パンフを見ていたら、たたらの旅に特化したパンフがありまして。

次のお宿への道に近かったので立ち寄ったら、ダンえもんのポスター。
ええ、そりゃもう、びっくり。

長男が姿を隠した地域がたたらの土地だったから、生きるためにたたら製鉄を行うようになったのかなぁと思います。

資料館が非常に濃密で、とても面白かったです。
わしゃわしゃと関連本を購入してほこほこです♪

こんばんは

毎週「真田丸」を欠かさず観ています♪
塙団右衛門・・知っている気がするケド誰だったかな~と思っていたのですが、そうか!言い触らし団右衛門だったんですね!
お陰でスッキリしました。
ありがとうございます~(^^)

ご子孫がいらっしゃるとは。
そして、たたら業とは・・・また特殊な・・・・。
息子達も大河ドラマになりそうなすごい人生を歩んだんですね。
 

キト様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

真田丸、面白いですね♪こんなに必死に観るドラマも久しぶりです。

そーなんです。塙団右衛門、字面は覚えがあるけど誰?ですよね。
私も、最初、えーーっと、どちら様?でした。

うふふふ。言い触らし団右衛門ですわよ。うふふ。


製鉄という作業自体は、集落があればあちこちで行われた作業です。
少し大きな中世の城や館の集落からは製鉄した遺構が出土します。(大阪府茨木市福井城など)


製鉄は、鉄を熱して鍛えて形を変えます。
たたらは、その原料となる鉄のかたまり、を作ります。

この点が、特殊な産業として江戸時代の松江藩のお金もうけの元となりました。

近々なのかしばらく先なのか、EXILEの人の出演で映画「たたら侍」が公開されますのよ。
奥出雲のたたら史跡が撮影に使われたそうです。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼