スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

温泉津(5)沖泊往還道と西念寺。毛利元就手植えの紅梅

こんにちは。



石見銀山をめぐる出雲の尼子氏らとの合戦を制した毛利元就は、
永禄5年(1562)2月、銀山を領有し、2年後に温泉津を直轄港として支配。


温泉津からトンネルを通ると、沖泊港。

ここは、元就が銀を運び出す拠点の港とした所です。

リアス式海岸の温泉津港と沖泊港は、水深が深く、大型船も入港できるため、元就以降、江戸時代は北前船が盛んに出入りしました。

当時はトンネルなんてないので、道。


こちらは、温泉津側の沖泊往還道入口です。

民家の隙間に案内表示。

よそのお宅に入るのかと心臓ばくばく。


びびってしまってこれ以上は進まなかったのですが、

手掘りで拓いた道が続いているそうです。


おおいに勘違いなう。それほど、往還道は狭かった。


温泉津の町は、岩山に囲まれた土地にあると何度もお伝えしていますが、


岩盤をくりぬいたこちらは、見てはいけないような感じです。


ほんとにこんな姿はお気の毒で、心が痛いです。

このお向かいには、


西念寺。


【西念寺由緒】

元は西念庵と称する小庵(禅宗)。

永禄4年(1561)3月。源誉念休(然休)上人によって浄土宗の寺として開基。


毛利元就との密接な関係があり、

中庭には元就手植えと伝わる紅梅(今は二代目)が残ります。


豊後の大友氏・肥前の龍造寺氏・薩摩の島津氏が三分する形で緊張状態にあった九州。

そこへ元就は商都博多を目指し、お得意の謀略で筑前擾乱に着手。


九州先陣に伽僧として従った念休(然休)上人。

(元就が帰依する長福寺三休上人は高齢なので、代わりの直弟の念休上人)

この参陣の褒美として、永禄4年(1561)「西念寺寺地安堵の奉書」を受けます。


温泉津は山に囲まれぎゅーぎゅーなので、

毛利の軍勢の加勢で岩山を切り開き七間四面の堂宇を建立。


岩盤をくりぬいた石仏様方がおいでですが、

現役の墓地でしたので、遠慮しました。

代わりと言っては何ですが、西念寺参道入り口にあたる温泉津港の横、


この岩山の麓に


こちら。


手前の建物の内部は、岩盤をくりぬいた洞窟。浜の観音様です。


とてもとても大切にされている仏様達。

ほっとします。


まいスイートホームをお持ちの仏様。


彫りがとても丁寧で、優しいお姿です。


北前船で賑わう温泉津港を見てきたのでしょうね。



著名な仏師の手による仏様も素晴らしいですが、こちらのような手作りの石仏様には、なんだか「ほっ」とするあたたかいものを感じます。


温泉津、ええとこだー。


由緒は、西念寺HPを参照
http://sainenji.info/


いつも応援いただきありがとうございます。
ほんとに温泉津は岩山に囲まれ、土地を拓くには岩盤を掘るしかないんだなーっと実感。元就手植えの松はお庭にあるようです。普段関西をうろついていると元就さんにはなかなか出会わないですし、幕末明治は長州にもにょもにょなのでちょっと苦手。でも現地で見る「元就が元就が」という由緒などはとても面白いです。ここにも元就さんが来たのだなー。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ


お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんばんは。

エメラルトグリーンの美しい小さな湾。
温泉津、いいとこですねー。
こんな小さな場所に、ギシギシに家が建って、普通の営みをしている。
日本って良いなぁと思ってしまいます。
大事にされている仏様たち。
皆さん、赤い涎掛けをなさって。
こんな所をゴチョゴチョ歩き回るって、本当に楽しそうです。
まず、一生行けないだろう所を見せてもらって、楽しませてもらっています。

No title

こんばんは~

>お得意の謀略で筑前擾乱に着手。

粘られました,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

凄い狭い道ですね。
入ったら出てこれなくなりそうな不思議空間^^;

やっぱり中国地方は元就由来ってのがワンサカあるんだろうなぁ^^

伽僧の意味が分からなかった。無学ですいません^^;
石仏の雰囲気がいいですね。
ほっこりします^^

ぽちぽちぽちーーー☆彡

温泉津行かれたのですね~

温泉津、良いお天気だったのですね。
やはり海辺は晴れた日が一番ですね。
秋空に石州瓦の赤さび色が映えて綺麗だなあと。

島根も経久おじさまは出雲大社と対立してたりしてるので
寺社の復興は毛利さんが多いですが
関西に行くと豊臣さんが多いなあと思いました。
家は滅びても、寺社は残っているのをみると
それも秀頼の名だと切なさが込み上げてきます・・・。

長州藩は・・・。
まあ、ちょっと思いっきりよすぎるんですよね。
それと元就さんの天下を取るなの遺訓ですが
天下を取れば当然人から恨みも買う訳ですし
2番手ぐらいで下がってたらいいのに。
と私も思います。
まあ、そんなだから天下統一する信長タイプは生まれないのですけど・・・。

今からこちらは神楽で毎週賑やかな夜になります。
是非、夜神楽を見にまた来てください。

万見仙千代様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

そうなんです、温泉津、とってもいいとこなんです♪

往時の賑わいは落ち着いて、普通の営みが感じられるとてもほっこりした町です。

お湯を目当てに来る観光客も、大型バスでぎゃーっとくるでもなく、静かに歴史や風景を味わう大人の方が多いです。

ずっと前に訪れたときは、温泉だけ入って、沖泊港を見て、すちゃっと立ち去りましたが、今回ゆっくりゴチョゴチョ歩き回って、ここの良さを堪能しました。

こちらは大阪からだと島根県横断する勢いなので、ちょっと遠いですが、何かが心にピーンっと来る場所なので、また来たいです。

仙千代様には仙千代様の、素敵で幸せな日常があるのですもの。
すずちゃんとの穏やかな日々、大切にあそばして。

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

元就さん、大物っぷりが半端ないので、チラチラ見で失礼してます。

温泉津沖泊往還道は、もう少し行けば拡がるようなんですが、狭い道がありました。

海岸線をトコトコ、よりも、近道作れー!掘れー!削れー!な、感じ。

馬が通れたら用は済むので、これで充分なんですね。

あー、ごめんなさい。伽僧。

石仏様は、気持ちよくひなたぼっこされてて、ほっこりです。

険しい山道の分岐点等で見る六地蔵様にはものすごく切羽詰まったものを感じますが、こちらは、ほんとにのーんびり。

ぼーっとしてしまいました。

トロロヅキ様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

トロロヅキ先生の楽しいお話のおかげで、すっかり「元就様」が隣のじいちゃん的な親しみやすいお方になっております。うふふふ。

仲良くしていただいて、ほんとにありがとうございます。

この日が一番いいお天気で、温泉津から沖泊港へ行く道の途中の、湾がきれいな場所でゆっくり休みました。

せっかくはるばる温泉津まで来たのですから、そこでゆっくりしなくちゃもったいない。


>秋空に石州瓦の赤さび色が映えて綺麗だなあと。

あ、そうか。石州瓦だったんですねー!
みんなきれいな瓦を葺いてるなー、いいなこれ、と思ってました。
そうかぁ。


元就さんに由来の寺社、なるほど。

関西はほぼ秀頼と綱吉かーちゃんの再興なので、それの元就さんバージョンなのかぁ。
元就さんの人となりを思うと、いろいろ妄想が。もにょ。

きっと元就さんを慕う気持ちが長州の皆様は爆発したんですね。
城でもった尾張名古屋の出身としては、ただいまは江戸時代の長州雌伏の時と似たり寄ったりです。ぐぐぐ。

信長は秀吉も含め、先へ先へ。故郷を振り返ることもなし。
どちらかというと地方へ行けば「尾張の出身です」と言い出しにくいものを実感してます。

夜神楽ー!!もうね、行きたくて行きたくて。
温泉津まで行かずに、行きやすい所の神楽を拝見したいなぁと思ってます。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。