温泉津(3)惠珖寺。細川幽斎の百韻連歌

こんにちは。


さて、温泉津(ゆのつ)です。


てーくてーくてーく。


恵珖寺(えこうじ)。日蓮宗。

寺伝によれば、元は真言宗の小さなお寺(創建不詳)。

ある日。

日慈(加賀国出身)が自身のお寺、石見銀山の本光山妙像寺(日蓮宗/廃寺)で説法。

この法話に感動した恵珖寺の信徒(油屋妙珍や村上氏など)の有志が日慈を温泉津に迎え、改宗。

大永5年(1525)に現在のお寺の基礎となるお堂を創建したと伝わります。


どうなんでしょ。時勢にのったのかしら。


鐘を見るの忘れました。


何となく見慣れない木組。


逆光なのよ。

門の左右には素敵な方が。


小柄ですが、なかなかの男前です。


そうそう、ここはお寺でしたね。


大永6年(1526)尼子氏領侵攻の際に大内義興がここに本陣を構え。

永禄5年(1562)2月。石見銀山をめぐる出雲の尼子氏らとの合戦を制した毛利元就は、銀山を領有。


2年後に温泉津を直轄港として支配。

天正15年(1587)5月。


とある有名人が立ち寄ります。

九州出兵の秀吉の陣を訪ねる途中の、


細川幽斎様です。

天正15年(1587)といえば秀吉の九州平定。幽斎は武将として参加してたんじゃないのか、こら。

またこの頃の幽斎は、信長から丹後南半国(加佐郡・与謝郡)の領有を認められ、居城は宮津城。

海を渡ってきたのかな。

で。

日慈(この時82歳)と親交があった幽斎。

ここ、惠珖寺で連歌の会を催します。


(龍御前神社の狛犬)

連歌とは、和歌の上の句(五・七・五)と、下の句(七・七)を多数の人たちが交互に作り、ひとつの詩になるように競い合って楽しんだもの。


(同上、がんばれ狛犬)

幽斎達が詠んだのは「百韻連歌」(ひゃくいんれんが)。

鎌倉時代~江戸時代の連歌の基本形で、

五・七・五(長句)→七・七(短句)→五・七・五(長句)のように

百句になるまで長句・短句を交互に連ねていくもの。

(「日本文化いろは事典」より『連歌』を引用)
http://iroha-japan.net/iroha/D03_poem/04_renga.html


細川幽斎の連歌の会は、5月3日。参加者8名。

この「百韻連歌」の記録は、現存。



(石見銀山の大久保長安の逆修墓)

江戸時代に入ると初代石見銀山奉行・大久保長安や佐々新十郎から庇護され。

代官が使用した膳や「殺生禁断の制令」、祈祷箱が寺宝として現存。



本堂裏手には、数多くの墓標が一つ屋根の下に複数の墓標が並ぶ廟式の墓地あり。

これは、廻船問屋「越前屋、佐渡屋、境屋、泉屋」などのもの。

北前船を介し、全国各地との交流があったことがわかります。


岩山をくりぬいた墓地。


龍御前神社の巨大な龍くんのように、温泉津は岩と共存かしら。


参考

現地説明板

大田市観光サイト/石見銀山ウォークミュージアム
http://www.ginzan-wm.jp/spot/1668


いつも応援いただきありがとうございます。
細川幽斎の百韻連歌に付き合ったのは、同行者か温泉津の趣味人か。気が遠くなるような数ですね、ひゃくいんれんが。まさか温泉津で幽斎に出会うとは思いもよらず。連歌して、温泉につかってから、よっこいしょーっとお船で九州へ行ったのかな。さすが幽斎。急がず慌てず我が道をれっつごー。

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お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
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No title

こんばんは~

幽斎の教養についていけない自分^^;
ちゃんと現存してるんですね^^

戦国期くらいまでは寺院の改宗は有りだったんです。
宗論した場合は負けた方が勝った側に改宗するルールだったし。
記事にあるように信者側の要請?勧進で改宗する場合も。

簡単に改宗できなくなるのは江戸期からかな~
寺社奉行の管轄で檀家制度が確立しちゃうから。
ちゃんと調べてないから他に例があったらすいません。

自分は寺社仏閣の歴史に興味あるから、こういった話も好きです^-^

ぽちぽちぽちーーー☆彡

時乃★栞様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

あ、なるほどー。ありがとうございます♪

「葬式仏教」(出先なので出版元&著者忘れ)に、現在の寺院の創建と設立が1400年代から1500年代後半に固まった旨が書かれていた記憶があります。

江戸時代にはガッチガチだったんですね。

宗論、というと、ついつい、そもさん&せっぱ、のくりくり頭を思い出してしまいます。あれはトンチですが。

実はこそこそっと、お寺を真面目に書くことが少ないわたくし。
狛犬さんも少ないし、書いてて辛い。おほほ。

温泉津は、大火はあったものの、みんな大事に保管してたのかなぁー?
どこぞの博物館で展示したら面白そうです。
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