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石見銀山(9)石見銀山絵巻と生野銀山マネキンで龍源寺間歩

こんにちは。


龍源寺間歩入口。

四本の支柱で支えられる堅牢な木組みは「四ツ留」といい、坑口特有のもの。

龍源寺間歩は、江戸時代中期の正徳5年(1715)から昭和18年
(1943)まで採掘された坑道。

全長600m強のうち安全な158m(新坑道含むと274m)ほどを公開。


江戸時代はこちら。間歩番号525。


龍源寺間歩(まぶ=坑道)は、魚の背骨のように太いメインの坑道があり、左右にほぼ対象に細い細い坑道がつんつんと出ています。

これは石見銀山、特に龍源寺間歩での掘り進み方に関係が。



「樋押」は、鉱脈に沿って掘り進む方法。
「横相」は、鉱脈に対して垂直に掘削し、当たった鉱脈を掘りつつ前進し、次の鉱脈を目指す方法。

横相になると、掘った手前の鉱脈を排水や運び出しの通路に利用が可能に。


(画像は生野銀山)これは測量技術が向上した事によります。

龍源寺間歩では、元禄期には既に鉱脈が東西に走っていることが判明しており(文書・鉱脈図・坑道図面現存/『石見銀山に関する研究』山根俊久)、坑道を南北に掘り進み、東西に走る鉱脈に当たったら順次それを掘り、次の鉱脈へ向かって進みます。


メイン坑道の左右に鉱脈を追った坑道がつんつんと出てるのが見えますかしら?

これが横相工法による坑道です。


ひ(かねへんに通=鉱脈)を追った坑道、「ひ追い坑」です。


メインの坑道が垂直に鉱脈にぶち当たる「横相」法だから、左右に鉱脈を追った「ひ追い坑」がある、と。


(画像は生野銀山)狭い坑道で鉱脈を見つけ出していくのは専門的な技術職になります。


(画像は生野銀山)

龍源寺間歩は、代官所が直接管理・経営をした鉱山「御直山」の一つ。
御直山は良質な鉱脈のあった五つの山で、永久・大久保・龍源寺・新切・新横相間歩。

年に数回、お代官様と銀山附役人4、5人とお供2、3人を連れて馬で巡見し、現場の「四つ留役所」の担当者から間歩の事を聞き取り。

労基署の安全パトロール的なお仕事。


「石見銀山絵巻『鋪(しき)内之図』」。坑道内部です。

坑道を上下するのには、雁木(丸太を削った簡易梯子)と打替(丸太で土留めした滑り止め)。


「石見銀山絵巻『押木留之図』」天井の土砂を留めるため木材で覆っています。


(画像は生野銀山)

鉱脈を掘り進むのには、こういった仮設に用いる木材が必須で、これを運び込むのにも太い坑道は必要不可欠でした。


「石見銀山絵巻『石留之図』」。

坑道が崩れ落ちるのをトンネル状に石を掘った「石留め」で防止。


排水を行う竪坑。深さ100m。

ここで何をしたかというと、


「石見銀山絵巻『水鋪(みずしき)水取之図』」

坑内の溜まり水を水箱に竹のポンプで吸い上げ、疎水坑へ流していました。
今も電動ポンプが稼働していて、なかなかの水量でした。じゃー。


(画像は生野銀山)こうやって。とりゃー。


「石見銀山絵巻『大水鋪角樋二而水引揚ル図』」(おおみずしきかくひにつき水引揚げるの図)。

大勢バージョン。


「石見銀山絵巻『唐箕風箱(とうみかぜばこ)之図』」

江戸時代中期より農具「唐箕(とうみ)」を改良し、昼夜通して坑内外の換気が可能に。


(画像は生野銀山)唐箕とは風を起こして穀物を選別するための農具。


このように様々な持ち場があった坑道ですが、


照明がなければ本気で真っ暗くらくらくら。


真っ暗な坑道でどんな照明を用いていたかというと、


そう、らとちゃんねー。

・・・へ?


(画像は生野銀山)
栄螺(さざえ)の殻に、エゴマ油や菜種油を入れ綿布や紙などを縒って芯にして灯す「栄螺灯(さざえとう)」。

これが煤が少なく安定感があり、よろしかったようで。


昭和63年に作られた観光用の通り道。

この先に引用した「石見銀山絵巻」(江戸時代)のパネル展示。


そして、出口に到達。

ぷはぁー。龍源寺間歩、おしまい。


※記事説明は、現地説明板とガイドによる。


いつも応援いただきありがとうございます。
石見銀山絵巻や諸資料と見比べたところ、生野銀山のマネキンずがほぼ同じだったので出演させてみました。螺灯(らとう)と鉱夫の衣装の大田市ゆるキャラ、らとちゃん。「恥ずかしがり屋さんだけどいったん『火』がつくとソコヌケに明るい性格で、頭に揺れる小さな炎は人々の心や地域の未来に明かりを灯してます」(大田市HP)・・・めんどくさいわねぇ。火がつかんでも明るくいこうぜいっ。

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No title

ま~~これは凄い!!

とても一人では、内部に入る勇気がありません
(・_・;)

同行者が必要ですね。

いつもながら、つねまるさんのチャレンジ型取材に脱帽です!

しずか様

こんにちは。いつもご多忙の中のご訪問とコメントありがとうございます。

鉱山の坑道なんて、恥ずかしながらこの年まで入ったことがなかったのですが、何とも力強い遺構なのでちょいと最近はまってます。

石見銀山の間歩は、とても暗くて狭くて、でもとても面白いところでしたよー。
こういうところは、下手に人がいる方が怖いです。いろんな面で。

しずか様なら、きゃーっと言いながら、どんな跡も見逃さない気がしますわ。うふふふふふ。

ただいまあれこれと暴走してまして、チャレンジャーになっております。知らなかったことがほんとにてんこ盛りもり。

やはり、あちこち行くのが一番勉強になりますね。

今月末、九度山方面へお越しとか。
富有柿が出てるといいのですが、まだ早いかなぁ。美味しいですよん。
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