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関西学生能楽連盟春季大会

こんにちは。

大阪で起きた地震の折りにはご心配賜りまして、心より御礼申し上げます。おかげさまで、最後まで残っていた大阪モノレールが全通開通し、公共交通機関はこれで全て復旧したそうです。

※6月24日追記
大阪モノレール、車両点検のため本日より終日運休。再開未定になりました。

まだ、同じ北大阪でもライフラインが復旧していない地域があり、1日でも早く元の暮らしに戻るよう祈っているところでございます。

さて、地震の前日、日曜日。


大阪市中央区の山本能楽堂へおでかけしました。

この日は、関西学生能楽連盟の春季大会。


今年でなんと、65回目。つまり、65年間も続いている催しなのです。

大学の入学式の日に、うっかり能楽部ブースを覗いてしまったのが運のつき。ズブズブと底無し沼にはまり、今に至る。

ほほ。

まさかお仕事になるとはなー。


この山本能楽堂は、私が在学中、通ったとこです。

多いときは週に4日以上。お稽古はもちろん、週末は催しのお手伝い、夏休みは虫干しのお手伝い、年末は大掃除のお手伝い。


観客席(見所=けんしょ。といいます)が桟敷席で、味わい深いです。


番組とパンフレット。

現在は、関学、関大、神戸女学院大学、甲南、武庫川女子大が加盟、総勢百人弱。

私が現役の頃は、この他に、大阪市立大学、大阪歯科大学、近大、神戸大、大阪樟蔭女子大、帝塚山大学(ここのみ金春流、ほかは観世流)があり、総勢200名以上の大所帯でした。

どうしても各大学とも部員数の減少は否めず、廃部になった大学もあり、今加盟していても存亡の危機である大学はあります。

そんな部員不景気ななかでも、こうして会を続けてくれた現役さんと各大学の師匠、連盟顧問の先生方には感謝の言葉以外にありません。

まーーーーったく能楽を知らないのに、美人あるいは男前の先輩がいるとか、昼飯おごってもらえるとか、ノートがもらえるなど、ふじゅ・・・けほん、様々な理由で、ちょーマイナーな能楽部へ入ってしまった不運な子達の集まりの能楽部員ですが、実はこの学生さん達ってのは特別な存在で。

能楽部から玄人になった人は多いです。春季大会の講演でも顧問の先生がお話されてました。

玄人になったとして、食べていけるんか?社会保障面では辛いぞ、という不安がある元企業人としては、それよりも、ほんとは、玄人にならなくていいから、卒業してからもお稽古を続けてほしい子達です。

学生の4年間で、ゼロから能のシテをつとめることができるまでに成長します。

無論、その影には師匠の指導やOB.OGによる協力がありますが、

学生の4年間は一般のお社中さんの10年以上に相当する、といわれております。

どの部活でも言えることですが、学生時代、ひとつのことに熱中した経験は、基礎から叩き込まれ、ちょっとやそっとじゃ忘れないほど実はこっそり身に付いているのだと思います。

卒業したあとは他のことしたいとか、時間的な余裕、金銭的な余裕がないのは百も承知で、年に一度の自分の出身校の自演会に賛助出演するとか、ふらーっと師匠の稽古場へ遊びに行くとか、何らかの形で触れ続けてほしいです。

そしてなにより。

年に一度だけでも、ほんとに素晴らしい先生の舞台を見てほしい。

先日、梅若万三郎先生と塩津哲生先生他、名手勢揃いの能「大原御幸」を拝見して改めて思いました。


様々な理由で、今、絶対に見なくてはならない舞台ってのはあります。

私は学生時代に、先代の観世銕之丞先生、片山九郎右衛門先生、大槻秀夫先生など東西問わず大勢の素晴らしい先生方の舞台を拝見したので、それがとても心に残っています。

チケット代でバイト代や仕送りが雲散霧消しましたが。

そんな番組に出会ったならば、中途半端ではなく、本気で能楽に取り組んだ能楽部面々なら舞台を見れば何かが心にずどーんっと来ると思います。

そしてこれは、能を見たことない方々にもお伝えしたいことでもあります。見たことがないからこそ、本物を見なくては、能楽ってつまらないとか、退屈、と思われかねません。

地元にこんな人来るのよ。これ、どう?等という疑問がありましたら、まず、その方について検索してみることをお勧めします。
大方、感想や批評等の記事がヒットします。

まー、そんなこんなを語った気がするけど、大部分は大爆笑してたから、楽しい話をしてたであろう、春季大会後の宴会を経て。

うん、真っ昼間の午後3時過ぎから宴会で、謎の鍋なんかをつつきあった後で。

師匠が「同じ値段ならうまいもん食おう飲もう」と言うので何人かと某国ホテルへ場所替え。



これを見た師弟の会話

「うおお!銀座のマグロはシュッとした顔してます!」
「回ってへんやろ?」
「次回はぜひ、立ち食い席行こっ」
「新大阪にあんで♪」
「うどんやん」
「うまいやん?」
「うまいけど、シュッとしてません」
「大阪やもん♪」

大阪へ来て人生半分以上を過ごしてますが、いまだに大阪人はわかりません。


ぜってぇ同じ値段ちゃうわ!と突っ込みつつ、楽しい時間を過ごしました。

ビールのあと、てんてーの貴重なほにゃらというボトルを飲み干したり、肉を食べたり肉を食べたり肉を食べたりパンケーキなんかも食べた気がします。

現役さんに、デートでカクテル飲むときは、グラスの形に注意しろとか、おばちゃん化したのはないちょ。
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大阪北部を震源とした地震。地元より

こんにちは。いつもありがとうございます。

昨日の朝、大阪北部を震源とした地震がありました。

ガタガタ→ビシビシ→ガタガタゆさゆさガタガター!!

瞬時に停電し、緊急地震速報がウワンウワン鳴り、防災無線は「大地震です!」と叫びだし。

叫びだしたのに、「身の安全を確保してください。身のあんぜ(ぶちっ)」と、途中で切れてしまって、おいおいおいー!?ってなおさら恐怖。

ベッドの上で縮こまるしかなかったです。

震度5強は、とっても怖かったです。

ちびりました。

えーん、こわいよー、やめてー、と言ってもどんどん強くなる揺れ。

自然って情け容赦ないと、思い知りました。

近隣は一帯で停電。信号機が停電のため黒かったです。

電車は夜遅くまで復旧せず、高速道路は夕方まで通行止め、一般道路はびたびたに渋滞。

ガスは揺れを感知すると自動的に停止させるやつが作動して止まりました(数時間後にマニュアル通りに復旧)。

ヘリと自衛隊機が頻繁に飛び交い、緊急車両が走り回り、騒々しい。
なのに、電車が止まってる、信号機の停電で車は徐行、のため、普段聞こえる音が聞こえない不気味さ。

交通網の麻痺と、近隣の状況からとても出勤できる状態でなく、まだ自宅だったので、お仕事は自宅待機になりました。

勤務先の面々と連絡を取り合う中で感じたのは、同じ大阪府下でも、地域差が非常に大きく、こちらの危機感が伝わらなかったこと。

今回の震源は大阪府北部。被害は北大阪、特に、茨木市、高槻市、枚方市(淀川以北及び南岸で、新御堂筋より以東及び京都と大阪の間)が中心のため、勤務先の大阪市中央区や南部大阪とは、震度は似ていても被害の有無に差がありました。

例えば、関西空港は平常通りでも、伊丹空港は要点検で一時閉鎖。

夜は、0時過ぎと4時過ぎからの連続の余震が、怖かったです。
うとうとして、ぎゃ!うとうとして、ぎゃ!の繰り返しでした。


今回、備蓄以外に改めて実行したこと。

① 懐中電灯は枕元に置くが、夜中にトイレ行くとき、持って歩く
② 積んでた本が崩れたので、本は箱詰め。本棚撤去
③ こまめに洗濯しておく(断水&停電に備え)
④ 深酒しない
⑤ lineは通じるが、電話とメールはつながらないので友だち大事
⑥ ガソリンは常に満タン(私の避難所)

現在は諸々復旧しましたが、余震がないことをひたすら祈ってます。



名古屋へお仕事?ふるさとの味名古屋味

こんにちは。いつもありがとうございます。

五月下旬、新幹線に乗って東下りしました。行き先は、


金のシャチホコといえば?

そー。

私の生まれ育ったとこ、名古屋。


師匠のお社中発表会のお手伝いにお呼ばれしました。


楽屋を朝から晩までエプロンつけて走り回ったので、画像がないです。


前日お仕事を終えてから名古屋入りして、先輩とごはんwith酒。

シメに味噌煮込みうどん食べていいっすか!?と叫んだ私。ほほ。


翌朝。モーニングきしめん。

名古屋能楽堂へ入る前に、名古屋城天守閣を見納めに。


もう、なくなっちゃうんだなー。

戦災で焼失する前の姿で復元するそうですので。


こんな感じなのかなー?


翌朝は、あんかけきしめん。生姜がのってます。

いわゆる「関西風」「祇園風」。冷めないようにあんかけにした感じ。

が。


私が食べたかった名古屋のあんかけきしめんは、これ。


ほじくったら、花麩、ほうれん草、かまぼこ、干し椎茸が現れるのよ。

悶々。

悶々。

もんもーんっとしつつ歩いていたら、ついうっかり


麦茶セットを頼んでしまいました。


知多半島の先っぽの方でとれたぴちぴちなお魚。


エビふりゃーと言ったことはありません。

お箸と比較してみました。おっきいでしょ?身が詰まったエビフライです。

あ、タルタルソースもついてましたが私は古い人なのでソースで。


これは、ご予算的に無理難題なんだい。


メイチカのコンパルで、具が数センチもある名物サンドイッチを購入がてら…


久々にアイスコーヒーをば。


アイス用の濃いーぃ熱いコーヒーに、砂糖とフレッシュを溶かして


氷の入ったグラスへ注いで出来上がり♪

帰りは急がないので、近鉄のアーバンライナーで大阪へ。


庄内川を越えると名古屋市から出てしまいます。きゅん。


大阪で帰宅前に、休憩。クリームソーダのこのシャリシャリしたとこ、好き。

二泊三日の行程でしたが、まんぷくな名古屋旅でした。

次世代へつなぐということ。大阪能楽養成会

こんにちは。

朝10時から夜の8時まで能楽漬けで幸せなわたくしです。

今日は、伝統芸能をつなぐということについて、ご紹介。


勤務先は能楽堂。人間国宝に名指しでド叱られる情けない事務員。

伝統芸能って、中に入ったら一層、先細る先細れば先細るとき、ってのがわかって、やばいやばいと思う日々です。

会計事務所に「零細産業」などと言われたり、します。

経営が無理ならいらんやん?淘汰されてほんまにやっていけるとこだけ続けてったらええやん?

ですが、遠い将来、そうなっても致し方ないとしても、数百年続いた伝統をうちらの世代で途絶えさせるわけにはいかん。その危機感たるや、悲壮感漂っております。

広く様々な方に能楽を鑑賞いただくこと、子供達に楽しみながら親しんでもらうこと、といった広報的なものではなく、今回は内部のお話。

人材が揃っている今こそ盛り上げないかん、伝えるべきものは伝え、若者たちが自身の研鑽に集中できる環境を作り、育てないかん!

そんな危機的な意識は、おじいちゃま世代、人間国宝クラスこそ非常に高いです。

では、具体的にどうしているか?

大阪の能楽界には、「大阪能楽養成会」というものがあり、諸条件はあるものの、能楽師の子弟ではない一般ぴーぽーにも門戸を開放しております。

シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方、それぞれに募集しています。

その養成会研究発表会が、今月末、催されます。


番組(プログラム)です。

一番右の能「東北」は、喜多流。祖父・高林白牛口二(こうじ)、父・高林呻二、に囲まれシテをつとめるのは、(白牛口二先生の)孫・昌司先生です。

観世流の「東岸居士」の地頭(コーラスリーダー)は、人間国宝。

これは、敢えて若者達と共に謡うことで何かを伝えたい、という深謀遠慮があろうかと拝察します。

それぞれの後継者を見守る視線はあっちぃちぃー。
ご自分の舞台のときよりも、どたばたどたばた、あたふたあたふたされてます。

養成会の若者達は、TwitterなどのSNSを使ったり、いろいろ工夫して盛り上げようとしています。

遠くて来られない方々も多いかと存じますが、若者達が頑張ろうとしていること、そして、実際に頑張ってることを頭の隅っこにでも置いていただけたらこれ幸い。

そして、大阪市中央区上町、最寄り駅は谷町四丁目もしくは六丁目の大槻能楽堂、へ、行けるよー、っという方には是非ともご足労願いたく存じます。

6月28日木曜日、午後6時開演です。

無料です。あーら、びつくり。

新しい能楽堂、西宮能楽堂へ行ってきた

こんにちは。

お仕事が能楽堂なんですが、お休みのときは出来るだけあちこちの舞台へお邪魔して、いろんな先生の舞台を拝見するようにしております。

能ってのは、謡本と型付があって、定められた規範のなかでしかできないと思われがちですが、実はふれきしぼー。

シテ(主役)の考え方、捉え方で、いろんな演出が出来るんですよ。

で。

今日はお休みいただいたんで、西宮市鳴尾に昨年末に新しくできた西宮能楽堂へお邪魔しました。


駅からほどなく、こんなもだーんな建物がありまして。


設計を担当された方がデザイン履歴にきっと載せる斬新な能楽堂。

お屋根のてっぺんの窓から自然の光が入るようになってます。


中から見るとこんな感じ。


おめめに眩しい新品ぴーん!な舞台です。


建物in建物が、能楽堂。

かつては屋外にあった能舞台。

武家の式楽から芸能へと変遷する中で、雨天でも決行できるように屋内へ入れました。公演の確保のためですね。

んで、建物in建物の形が増えました。

手前が目付柱。この柱付近を「角(スミ)」といい、目印になる柱です。

面を付けることで果てしなく限られる視界のなかではこの柱ってとっても大事。


何を叫んでるかと言うと、この金具。


歌舞伎でも有名な「道成寺」の鐘を釣るための金具なんです。

数百キロある大きな鐘を釣り上げ、シテにかぽんっと被せる、いや、シテが鐘に飛び込む道成寺は、シテ方にとって卒業証書といわれるたいへん重要な演目です。


某所の鐘のスケルトン

でっかくて重たい鐘を釣ったり落としたりするんですから、古い舞台では、天井がもたない、あるいは、舞台が抜けちゃうかも?な心配があって、道成寺を公演できる能舞台は限られているそうです。

それはさておき、新しい能楽堂。


わざと白い壁にして、プロジェクターで詞章や参考図面を写し出すことができるよーになってます。

国立文楽劇場では、舞台の上に字幕スペースがあり、詞章を字幕にして写し出しており、初心者にはわかりやすいです。(慣れると、邪魔だなぁと思う人もいます)

文楽よりも言葉が古く、まるで古文の授業のような謡本なので、これ、いいなぁー、欲しいなぁ~と思った次第。

初心者の方にわかりやすいようにと詞章をプリントすると、そっちに気をとられ舞台を見ていただけない矛盾があります。

演じる先生方には、間違えたら即座にわかっちゃうわ、いやぁん、な葛藤があるそうですが、それはそれ、これはこれ。

どうしたら初心者でも楽しめるのかなぁー?と、オペラや歌舞伎、文楽等で導入されてるのが、イヤホンガイド。



舞台の解説をしてくれるありがたいサービスですが、能の場合は数週間にかけて上演される前述の公演と異なり、たった一度限りの上演なんです。

そう、まさに「一期一会」。

イヤホンガイドでは通常、録音したものを繰り返し使用しますが、能ではそれができず、というか、一回限りなんで録音せずに生放送。

つまり、


よろしゅうおあがり~!

・・・ちゃうわー。

金食い虫。設備として既設でないと、コスト高でたいへん。

なので、文字を映し出すっていいなぁーと、思いました。

で、今日の演目は。


杜若でした。

藤原家の宝物の二条后をさらってカケオチしようとした業平が、事件発覚により咎められ、都から旅に出た(「伊勢物語」の東下り)道中、三河知立の八橋でのお話。


きつはた つつなれにし ましあらば るばるきぬる びをしぞおもふ

か、き、つ、は、た。

です。

このような言葉遊びの入ったものを「折句」「折句和歌」といいます。

で、「杜若」の主役は、杜若の精。

なんで杜若と業平が絡むのかというと。

業平は平安時代に既に「歌舞の菩薩」と称えられており、その功徳により杜若の精が成仏したというのが能「杜若」のお話。

シテのご当主は普段からとても朗らかで優しくて、大好きな先生なんです。お目目、ハートで拝見しました。うふふ。

とてもきれいなお姿で素晴らしかったです。また拝見したいです。


帰る間際にやっと気付きましたが、通常は松だけの鏡板が松竹梅になってました。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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◎画像と記事の無断使用厳禁!!
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尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

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