高牟神社(2)尾張名所図会と透垣。おや、力石くん?

こんにちは。


まー、見事に社殿を隠しておりますこの 「透垣」「蕃塀(ばんぺい)」

同一物ではないですが、幕末から明治にも境内にあったようで。


『尾張名所図会』に、ほら。

◆『尾張名所図会』◆
天保9年(1838)~天保12年(1841)執筆
天保15年(1844)2月前編7巻、明治13年(1880)後編6巻刊行


お祭りの時に、おうちまでがまん出来ず、わたあめを食べたとこ。

飽きたので父にあげたら、困ってました。

そんな父とは、夕方、先に一度たんけん。


内緒ないしょで、味噌串カツ(どて煮に串カツをつっこんだもの)をば。

なぜ内緒かというと、このとき父の手には、ビール。


まぁ、もちろん「お味噌おいしかった?」「うん!」と、バレるわけですが。


社殿の前には、お線香ではなく賽銭箱。


7月1日の 赤丸神事 では、この神楽殿でしるしを付けてもらいます。


神楽殿奥には祠が並び


右から、秋葉社、祖霊社、徳義稲荷社。


秋葉社には、若いのか大人なのか不明な狛犬さん。


小さい頃はなぜか真っ直ぐ歩けなかった赤い鳥居のトンネル。


徳義稲荷社です。

お稲荷さんへは、赤い鳥居をくぐらないといけない気がしまして。


おやぁー?


すみっこに、まぁるい石とかカドカドの石とか。


いじけてる。


手前の面に何か刻んであるような。


横書きの「寄附□」、下には名前かしら?


なんだろう?力石くんかしら?


えーっと?


現在の千種町は、ここから北へ行ったとこですが、

旧地名の「千種町」は、千種村が明治35年(1902)に千種町となり、大正10年(1921)東区に編入、昭和12年千種町は国鉄中央本線で東西に分断され、東は千種区、西は東区。


だいたいこの辺(大正11年名古屋新地図)


明治40年の『名古屋市及付近図』だと、こう。

うわー、何にもなーい。


高牟神社
《住所》名古屋市千種区今池1丁目4ー18

よくぞここまで発展。


『尾張名所図会』
岡田啓 (文園)、 野口道直 (梅居)著/片野東四郎/1880
前編巻之五「愛智郡」

『名古屋市及付近図』
名古屋市教育会編/名古屋市教育会/1907

上記、国立国会図書館デジタルコレクションより引用
http://dl.ndl.go.jp/


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祖父から今池は昔は池だったと聞き「何で昔池じゃないの?」と「蓬左文庫」へ。優しいおじさんが、馬を洗った「馬池(うまいけ)」が「今池(いまいけ)」となったらしいよ、っと古い地図を見せてくれました。今思うと、なんちゅー怖いもの知らず。子供って、お得ですね。

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