熱田神宮(1)清雪門と佐久間燈籠。ちびっこがご案内

こんにちは。


熱田神宮。東門の鳥居。

言わずと知れた三種の神器「草薙剣」をご神体とする熱田神宮。

名古屋人は、あったさん、と呼びます。


思ひでいっぱいの熱田神宮能楽殿を後にして。


木立の中にちょろりと現れたのは


高さ8メートルの巨大な石燈籠、佐久間燈籠です。

寛永7年(1630)5月、佐久間大膳亮勝之が海難にあい、当神宮に祈りその加護によってことなきをえたのを感謝して寄進。

佐久間氏の拠点は、熱田神宮鬼門の鎮守である


御器所(ごきそ)八幡宮界隈。


嘉吉年間(1441‐1444)佐久間美作守家勝が築いたという西城跡。

御器所西城主・佐久間玄蕃盛政は、東名名古屋インターのある「上社(かみやしろ)」付近を拠点とした柴田勝家(盛政母の兄)に従い、北陸へ。


浅ひろ東名店のあんかけきしめん。むふふふ。

さ、あったさんへ戻りまして。


ここで「灯台だよー」と言うのがお約束。

お宮参り、七五三、成人式、人生の節目は、あったさん。

昔々は境内にそれはそれは気の強い「チャボ」がいましてね。

野良犬に襲われるから、夜は木の上で寝るというチャボ。


これがちびっこに向かって突進してきて、ケリをいれるわ頭にのるわ。

昔の名古屋っ子には共通の思い出です。


清雪門(せいせつもん)。別名、不開門(あかずのもん)。

元は熱田神宮本宮の北門といわれる門。


天智天皇7年(668)新羅の僧が神剣を盗み出しこの門を通った(草薙剣盗難事件)といわれ、以来不吉の門として忌まれたとも、神剣還座の際門を閉ざして再び皇居へ遷ることのないようにしたとも伝えられています。


新羅の僧「道行」による盗難後、一時的に宮中に置かれますが、天武天皇が病に倒れ。
その病の原因は「草薙剣の祟り」とされ、熱田神宮へ戻されますが、天皇は崩御。

まぁ、怖い。

で、その草薙剣を含む三種の神器は、壇之浦で海の底へ。


唯一見つからなかったという草薙剣は、崇神天皇の時代に作られた「草薙剣の形代」だそうです。

その後伊勢神宮から送られた神剣を「草薙剣の形代」とし、偽造されたり奪われたりと散々な目に遭った後、現在は皇居の「剣璽の間」に勾玉とともに安置。

ふぅーん。

本物だったら、ここは「不開門」どころかフルオープンの門。


本物はずっと熱田神宮ね。

難しいことは検索してくだされ。


お約束。

一応、「刀はここだよ」の図。トイレじゃない。


池の鯉にあげるために、おうちからお麩持参。


お約束。信長塀。

あちこちをこんなスリコミされながらおまいりして、いろんな社殿をうろちょろするうちに、いつしかはぐれることもありまして。

はぐれたら、親子で決めてある待ち合わせの場所へ。


なぜここだ。


いつも応援いただきありがとうございます。
待ち合わせ場所の奉納酒樽の山は、本宮前の手水舎や大楠がある広いスペースにあり目立ちます。おほほ。大人になっても、灯台だの、のぶながべーだのと言いながらおまいり出来るのは楽しかったです。今思うと、両親は子供でもわかるように教えてくれてたんだなーっと。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ

お手数をおかけ致します。ありがとうございます。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

◎リンク戴く際はご一報下さい。御礼させて戴きたく。
◎一言でもコメント戴ければすごーく嬉しいです。

尚、メールでのお返事は致しませんので、コメント欄をご利用ください。

宜しくお願いいたします。

参加してます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
最新記事
カテゴリ
カレンダー
02 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
リンク
最新コメント
最新トラックバック
ブログ村さんに参加中
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ご来場御礼