土御門天皇火葬塚から天河別神社へ。古墳だらけ

こんにちは。


墓地の中の 穴観音古墳 は、東林院にあり。


周囲は改変されても石室は比較的良好な状態。


その横の 宇志比古神社 から西へ少し。


阿波神社。見た通り、社殿は新しいですが、境内南西には


土御門天皇火葬塚 があります。


阿波神社。古くは、「土御門天皇社」

「土御門天皇廟 池谷村天皇山南麓に在り」(『阿波志』)、通称「天皇さん」。

明治2年(1869)藩主蜂須賀茂昭(もちあき)がこの地を御陵と決め
明治5年(1872)宮内省が再決定し御火葬塚となり
明治8年(1875)土御門天皇社は「丸山神社」と改称。

丸山神社は、昭和15年の紀元2600年記念行事として、社名を「阿波神社」に改め、火葬塚の北東に隣接する現在地に新たに社殿を造営。



「うき世にはかかれとてこそ生まれけめ ことはり知らぬわが涙かな」(土御門上皇)

土御門上皇は、 承久の乱 後に父(後鳥羽上皇)と弟(順徳上皇)が流刑になると、自ら進んで土佐へ。

寛喜3年(1231)。土御門上皇は37才の若さで阿波国において生涯を閉じました。


土御門上皇火葬塚は、火葬塚としては珍しく陪塚が二基あります。

一昨年訪問した時見逃したので次は行くと宣言しといて、

・・・また忘れた。

ちーん。


阿波神社へ入るときはこのトラップにご注意を。乗り上げないでね。

気を取り直して


天河別(あまのかわわけ)神社。

×てんかわべつじんじゃ。← by わたし


まあ、素敵なお社の杜ねー。


こまたん。


自己主張が激しいセロリは苦手です。


ほほう。何があるのかな?


よっこらえっこら。


天河別神社。


「『松童祠』池谷村に在り」(『阿波志』)

「池谷村/松童権現/別当池谷村宝憧寺」(『寛保改神社帳』)

大谷八幡神社(現在の宇志比古神社)の末社

明治3年、天河別神社に改称。

明治3年といえば 『大谷八幡神社 』は向後、宇志比古神社として奉祀候事』とされた年です。



祠っぽいもの。


スゲーものって、これか?


困りました。


横には謎のもこもこ。


背後にも、もこもこ。


もこもこもこもこもこもこも。

もうおわかりでしょーが、ここは古墳。


天河別神社古墳群。

まあ、あるわあるわ。その数、10基以上。


さすがに崩せず、トンネルに。

つづく


いつも応援いただきありがとうございます。
実際の行程は、大麻比古神社と宇志比古・宇志比売神社から県道「鳴門池田線」を東へ進み、天河別神社→阿波神社→宇志比古神社→東林院。
快適なドライブです。古墳というと教科書で見た大きな仁徳天皇陵や丸とカクカクのものなどが思い浮かびますが、実は細々としたものが無数にあるんだなーっと驚きます。大阪府堺市ではスーパーの植栽が古墳だったりするもんなー。

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