宇志比古神社(2)大谷焼と重要文化財の本殿

こんにちは。


「足の間のお父さんが大きいので、隠しました」な狛犬さんの、


宇志比古神社です。


かわいい狛犬さんがいた 宇志比古・宇志比売神社 と共に

「式内社/阿波國板野郡・宇志比古神社」論社です。


誰がおばちゃんなのかしら?つん。


石段しか見えません。ぎょー。


はーあーーーー。よっこらしょ。


ここ、鳴門市大麻町大谷付近は「大谷焼」が有名とか。


阿波徳島藩第12代藩主・蜂須賀治昭が九州より職人を多く雇い入れて天明元年(1781)大谷村に藩営の窯(藩窯)を築きます。
これが阿波初の染付磁器。

しかし、原材料を九州から仕入れたため、不採算。3年で頓挫。

天明4年(1784)、藍商人の賀屋文五郎(笠井惣左衛門)が、江州(現滋賀県)信楽焼の職人を呼び、陶土と釉薬は地元の萩原と姫田から調達して、登り窯「連房式登窯」を民窯として生産開始。

これが「大谷焼」の始まりとされます。

(公益社団法人徳島県物産協会「阿波の手仕事・大谷焼」より)
http://tokushima-bussan.com/crafts/otaniyaki/



かつては数十あった窯元は、今は7件。その窯元からの奉納。


拝殿。


ボケてますが木組が素敵だったので強引に掲載。ほほ。


左から、拝殿、幣殿、本殿。


本殿は、重要文化財。

「建立年代は、棟札・細部の様式及び技法から、慶長4年(1599)と考えられる」本殿は、

「徳島県下の神社建築本殿として最古例と考えられる重要な遺構である。」


構造は、三間社流造、銅板葺。

「庇を板敷として両側面の切目縁に連ね、縁に段差を付けるなど、変化に富んだ特徴的な形式になる。」



「装飾が少なく全体として簡素なつくりだが、蟇股や手挟、木鼻など彫刻の細部は洗練された意匠をもつ。

内外とも素木であるが、外陣内部内法長押に唐草文様を描き、内外陣境板扉には松を描く。」
(←この説明部分は見えません)

(以上、緑文字「」内は文化遺産オンライン「宇志比古神社本殿」より引用)
http://bunka.nii.ac.jp/index.php


どうも「今、お寺にいるの」な気分だったようです、私。


神社に鳥居、オカシクナイ。(画像/宇志比古・宇志比売神社

なぜ頭が混乱したかというと、


宇志比古神社に向かって左には、


「八葉山東林院神宮寺」がありまして。

そう、今は「宇志比古神社」であるこの神社のかつての神宮寺です。

つづく。


宇志比古神社
《住所》徳島県鳴門市大麻町大谷字山田66



いつも応援いただきありがとうございます。
大谷焼で、信楽から職人を連れてきたのが藍商人で、大谷焼で作るのが水甕や藍甕。あー、そうだった、徳島県吉野川流域は藍の産地だったと思い出しました。信楽焼といっても、タヌキじゃないんだなー。大谷焼祭りは毎年、宇志比古神社前や隣の東林院で行われるそうです。

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