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柏原の名工・丹波佐吉の生涯。佐吉と愉快な仲間たち

こんにちは。

丹波国の柏原(かいばら)といえばー?


・・・ちびちゃん、痛いとこ突いてくるわねっ。

そう。江戸時代は、織田家が治める柏原藩でした。

今回は、それは置いといて。


柏原八幡神社のねぇ~、


そう、どっこいしょーで~す。

・・・ちゃう。


あひゃ~、じゃないっ。

名工・丹波佐吉だー!!


見よ、この深くて細かい彫りを!

石を彫って透かし彫りみたいになるなんて、すんばらすぃ~(*^_^*)


【丹波佐吉の生い立ち】

文化13年(1816)。朝来郡和田山町竹田生まれ。

幼少時に両親を亡くし、製糸業を営んでいた「若松屋」に預けられ。

文政3年(1820)、5歳のとき。
ワタリの石工(旅稼ぎの石工職人)としてこの地を訪れていた初代難波金兵衛の養子に。

文政5年(1822)春。
金兵衛は、石戸山から出る良質の石を求め、丹波市春日町野村から柏原町大新屋に移り、居を構えます。


天保7年(1836)。初代難波金兵衛作の高灯籠。高さ5m強。

てっぺん(宝珠)の先端、請花と笠石の四隅の反りが、きゅっと鋭角。
火袋の隅柱が非常に細く、竿石はきゅーっと柳腰。
よく折れず倒れず、いてくれたことよ。


全体が端正で精緻な作りの高灯籠は、丹波市指定文化財。


金兵衛のもとで、ちびっこ佐吉、頑張る。

ところが。

天保8年(1837)。金兵衛に長男・義継が誕生。

翌年、金兵衛の反対を押し切り自らワタリの石工となります。
時に佐吉、23歳。

実子が生まれたことで、遠慮したのでしょうか。




佐吉は大和・淀・伏見・大阪と各地を廻り、やがて名工・佐吉の名は 遠く離れた故郷の丹波にも聞こえるようになります。


指先の爪ひとつひとつまで細かく彫られています。


やがて10年の時を経て。

大阪の「石為」に滞在していた佐吉。
同業の間で技比べで作ったものが、「石の尺八」。

その見事な仕上がりに孝明天皇から「日本一」との賞賛を賜ります。


安政3年(1856)。
養父で師匠の初代難波金兵衛が死去。

佐吉はそれを知り、丹波大新屋に戻ります。


文久元年(1861)。
柏原大新屋の上山孝之進と柏原北山の田口金次が柏原八幡神社に寄進する狛犬を製作。

庄屋の上山孝之進は佐吉が幼い頃に読み書きを教えてくれた人。
寄進にあたり、佐吉に狛犬の製作を依頼したのでした。



柏原八幡神社の狛犬の台座。

「作師 村上源照信(花押)」

これが、丹波佐吉の銘。


佐吉の円熟期の逸品です。


再び丹波を去った佐吉が丹波へ戻ったのは、6年後。

慶応2年(1866)年。佐吉は一体の不動明王像を完成させ、ひっそりと丹波の地を去り、二度と戻ることはありませんでした。

不治の病に侵されていたという佐吉のその後の行方は定かではありません。


【柏原町大新屋の稲荷神社】


北山稲荷神社。


例え丹波を離れていようとも、師匠の金兵衛の恩を忘れず、 故郷を問われる度に「丹波大新屋」と答えたという佐吉。



稲荷神社は、丹波市柏原町大新屋に鎮座。

ここには、


佐吉の彫り上げた一対のお狐様が、います。


養父で師匠の初代難波金兵衛の死を知り丹波へ戻った佐吉が、
安政5年(1858)8月に納めたお狐様です。

稲荷神社の鎮座地は、柏原大新屋の庄屋・上山孝之進の自宅裏。

上山孝之進は前述したように、佐吉が子供の頃に読み書きを教えてくれた人。


願主は、柏原北山の田口金次昌栄。

上山孝之進と田口金次昌栄は、このお狐様の数年後に、柏原八幡神社へ狛犬を寄進するコンビ。



お屋根のあるおうちで大切にされています。



このお狐ちゃん。

師匠の実子・義継と、佐吉の合作なのです。


狐の下の銘。

「安政五年八月作之 朝来郡竹田産 石工 源照信(花押)」

丹波佐吉の銘です。佐吉、43歳。

佐吉の生まれは、朝来郡和田山町竹田。


「奉献」の文字がある台座の銘。

「大新屋村 石工金兵衛 藤原義續」

「石工金兵衛」は、佐吉が養子となった後に生まれた、初代難波金兵衛の実子・義継です。この時、22歳。


二代目金兵衛の台座の上に、丹波佐吉のお狐様が乗っている。

じいーん。


この二代目金兵衛もまた、非凡な人で。

「大和長谷寺の観音を丹波佐吉に命じて彫らしめたが、中途病に罹りて遂に其の成功を見ず寺僧大いに惜んで佐吉に其の後継者を物色させた。
慶応三年(1867)の頃同寺狛の前足を踏める手毬を透彫した時、同業者の嫉を受けて毒を羞められ為に久しく四肢の自由を失ったが帰郷快復後益々斯業に精励した」
(『新井村誌』)


この話は佐吉が最後に丹波を出た後かと思われます。

作品に対しては執念とも思われる程の彫りを見せる佐吉ですから、義継が初代難波金兵衛の実子だからという理由ではなく、彼の腕を認めていた故に、後継者として指名したのでしょうね。

何しろ同業者に毒を盛られるぐらいですもの。


(徳島市諏訪神社境内の稲荷神社の狐ちゃん)


「日本一」(by孝明天皇)の石工・丹波佐吉の弟子、綿貫重吉の狛犬が丹波市青垣の高座神社にいます。


あれ?


まぁ、なんて個性的~(*^^*)


・・・うふふ。


丹波佐吉と北山稲荷神社、つづく。


参考サイト

新井自治協議会
http://www.niinosato.jp/akimaturi/akimaturi.html#ni-j

柏原八幡神社説明板



いつも応援いただきありがとうございます。
丹波佐吉は、その作品の素晴らしさは言うまでもなく。彼の生い立ちを重ねることで一層深みが増す気がします。彼の原点「丹波柏原の大新屋」を訪れて、稲荷神社のお狐様に会う。なんて贅沢なのかしらー。いひひひひ。この「難波金兵衛」親子と丹波佐吉とその弟子達の作品群、少しずつ追いかけていきたいです。一気に巡るのはもったいない。うふふふふ。好物は最後に食べる方です。

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