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イエス降誕物語と日本最初のクリスマスミサ。はじめて物語

こんにちは。

今日はクリスマスイブ。


めりぃもあと一週間。一年はやいなぁ。


クリスマスとは、イエス・キリストの降誕祭。
いわば全世界規模のお誕生日会。



イエスが固有名詞、キリストは「救い主」。
よって、「イエス・キリスト」で「救い主イエス」。


【イエス・キリスト降誕物語】

イエスの降誕は新訳聖書の『マタイによる福音書』と『ルカによる福音書』のみに記述がありますが、「12月25日」とは記されておりません。

古くからの冬至祭の日を誕生日としたというのが有力説。

母はヨゼフの婚約者マリア。
生まれた場所は、ユダヤの町、ベツレヘム。

処女のまま懐妊したマリア。

ヨゼフ、パニック・・・には、ならず。

そこはちゃんと天使ガブリエルが事前に告知しています。


様々な洋画家が描く「受胎告知」はこの場面。
処女マリアは、♂によらず、聖霊により身籠ったのです。

「マリアとヨゼフの子であるイエスは神から遣わされた救い主、キリスト」ということで。


生まれた子、イエスは飼い葉桶に寝かされます。(正確にはこの時、馬は不在)

これは、ヨゼフとマリアが旅の途中で、宿が満室だったので家畜小屋に宿泊していたため。


イエスの降誕を天使が羊飼いにお知らせ(『ルカによる福音書』)。

イエスは自分を「私は善き羊飼いである」と語っています。
羊飼い(イエスや聖職者)は羊(信徒)を導くもの。



よって、羊飼いの持つ杖は、困難な状況にある信徒を助けるシンボルとして、司教様が持つ司教杖に取り入れられています。



東方の三人の博士は、ぺかーっと輝く星により「ユダヤの王が生まれた」と知り、星に導かれて旅をします(『マタイによる福音書』)。

途中でユダヤのヘロデ王に「ユダヤ人達の王はどこで生まれたの?」と尋ねます。

ヘロデ王にしてみれば、「俺以外の王って誰や!?」

王は三人の博士に、その居所が判明次第教えるよう指示。

そんな事があった後も、博士達は星に向かっててくてくてく。

ようやく立ち止まった星。

その真下が、イエスの居場所。

東方の三博士は、イエスに「乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)、黄金」を贈り物として捧げます。

そして、ヘロデ王には夢のお告げにより、何も知らせず帰国。

後になってヘロデ王は自分の王座を脅かす者を探し出すためベツレヘム周囲の2歳以下の男子を皆殺しに。ひゃー。

ヨゼフ達は天使のお告げにより事前にエジプトへ脱出しており、助かったのでした。


クリスマスツリーのてっぺんの星が、東方の三人の博士を導いた星。「ベツレヘムの星」といいます。

ツリーの飾りつけは自由に楽しんでも、てっぺんの星は忘れないでね。

東方の三博士がイエスに捧げた「乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)、黄金」。

乳香は、神に捧げるお香。
イエスの時代の前、紀元前のエジプトの墳墓からも埋葬品として出土。

没薬は、お香の他に、殺菌作用があるため鎮静薬、鎮痛薬としても使用。
ミイラ作成時には遺体の防腐処理のために使用されています。
聖書では聖なる所を清めるために使用するなど、頻出。

黄金は、ゴールド。

以上の登場人物達を人形で表現したものが、クリスマスの時期にはカトリック教会等で飾られています。


(wikipediaより)

中央にヨゼフとマリア、飼葉桶の中のイエス。
三人の博士with乳香・没薬・黄金や、羊飼いの姿、天使。




【日本最初のクリスマスミサ】

日本の最初のクリスマスは、天文21年(1552)。

周防国山口で、カトリックのイエズス会司祭コスメ・デ・トーレス等が、日本人信徒を招いて行った降誕祭のミサ。


フロイス著『日本史』第一部八章に記述が残ります。

「山口において(日本で)初めて降誕祭の祝いが催されたが、その報せに接したキリシタンたちは、これを大いに喜んだ」


『弥蘇会士日本通信』「天文23年(1554)イルマン・ペロ・ダルカセバがゴアよりポルトガルの耶蘇会のイルマン等に贈りし書翰」には、

「1552年の降誕祭の日に弥撤(ミサ)を歌い、良い声ではないけれどキリシタンの人たちはこれを聞いておおいに喜んだ。その日は一晩じゅう基督一代記を語り、6回弥撤を行い、これを行う理由を説明した。」
(弥蘇会士日本通信/『山口県史史料編中世1』山口県/1996)


この時のミサの歌が、「日本で披露されたヨーロッパの声楽としては最古のもの」といわれるそうです。
(『クリスマス』 クラウス・クラハト、克美・タテノ=クラハト著/角川書店/1999)

・・・「良い声ではないけれど」が余分だわ。お気の毒に。



また翌1553年の降誕祭では「聖書史話(聖書のなかの物語)」が朗読され、「日本におけるキリシタンの演劇活動は、この聖書史話を交誦したときにはじまるといわれる」とか。(同上)


この時は「聖書史話」の朗読だったようですが、クリスマスにイエスの降誕のお話を短い劇に仕立てて上演するのは、今でも教会の日曜学校等で行われています。

幼稚園の頃は、お兄さんお姉さんが演じてくれる劇が楽しかったです。


さて、山口で降誕祭のミサを司ったコスメ・デ・トーレス。
フランシスコ・ザビエルと共に天文18年(1549)日本へやって来ました。

2年後、山口の守護大名の大内義隆から布教の許可を得ており、このミサの時期はまさに布教の最中。

ザビエル等が山口へ来る前に滞在した鹿児島や平戸でも、重要な「降誕祭のミサ」は行われたはずですが、あいにくと裏付ける記録がなく。

神のみぞ知る。

コスメ・デ・トーレスはザビエルの離日後も日本に残り、ザビエルと同じように日本文化を尊重(「適応主義」)し、畿内・山口・豊後・肥前などを転々としつつ布教。

1570年、天草志岐(熊本県天草郡)で死去。


《キリスト教禁止令下の降誕祭と解禁》

慶長17年(1612)キリスト教禁止令。

公にはクリスマスのミサは行われませんでしたが、鎖国中も降誕祭のミサに相当するものは存在。

①長崎の浦上などで隠れキリシタンによるクリスマス・ミサ「御メーサン」。
 
②長崎の出島において、オランダ人が祝った「オランダ正月」。


次に日本において、公に「クリスマス」の名前が現れるのは、万延元年(1860)、芝赤羽のプロイセン王国行使邸宅でのクリスマスパーティーの開催。

これは、パーティーなのでちょっと違うかな。


明治6年(1873)。キリシタン放還令公布。

これにより、禁じられていた「クリスマス」が解禁となりました。



(カトリック高槻教会の高山右近像。じゅてーむ風)


普段からの信徒でなくても、教会は誰でもウエルカム。
静かにミサに参加するのもいいものですよー。


※一部、過去記事を利用しました。


参考文献

『日本史 6』 ルイス・フロイス著(松田毅一訳/中央公論社 1)

『弥蘇会士日本通信』/『山口県史史料編中世1』(山口県/1996)より
※原著は『弥蘇会士日本通信 上』( 村上直次郎訳・柳谷武夫編/雄松堂/1968)

『クリスマス』 クラウス・クラハト/克美・タテノ=クラハト著/角川書店/1999


いつも応援いただきありがとうございます。ミサに参加すると、皆様とてもきれいなお声で聖歌を歌うので、自分もお歌が上手になった錯覚がして気持ちいいです。特に信仰があるわけではありませんが、たまーに気が向いたら参加。神社で狛犬ちゃんと戯れ、お寺で仏様に感動し、教会でお歌をうたう。支離滅裂ですがそれぞれが個々に楽しいのでいいんです。へへへ。
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