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神内(コウノウチ)神社。神皇地に鎮座するお社

こんにちは。

和歌山県の南端から東に走り熊野川を渡ると、三重県。



ここは三重県紀宝町神内近石(ちかいし)958番地

今日は、いかにも熊野らしいお社を訪ねます。


巨木の立ち並ぶ社頭。


神内神社です。


「『明細書』に『当社の義は近石と申すところに逢初森(アイソメノモリ)というのがあり、そこにイザナギ・イザナミ、天降らせ一女三男を生み給う。

この神を産土神社(ウブスナジンジャ)と崇め奉る、よってこの村の名を神皇地(コウノチ)と称す。

いつの頃よりか神内村(コウノウチムラ)と改むと言い伝う』とあり。

近郷の人、子安の神、安産の神として参詣するもの多い。また豊漁の神として近隣の漁師の信仰厚い。」(現地説明板より)

創始は明らかではなく、上記は子伝承に依っています(三重県神社庁HP)。



安産?


石を飲み込むホルトノキでした。

この石は鎌倉時代に参道の両脇に並べられた石。
数百年が経過し木が成長。石を抱え込んでしまったようです。


木々に圧倒されて私は今、緑色かも。


神武天皇や明治天皇と並び、佐倉宗吾の宮があります。

【佐倉宗吾って誰】
江戸時代前期の人。佐倉藩領、公津村(現・千葉県成田市台方)の名主。
藩主堀田氏による苛政に苦しむ百姓のために1653(承応2)年、上野寛永寺に参詣する将軍徳川家綱に直訴。

その結果、藩主の苛政は収められたが、佐倉宗吾夫妻は磔となり、男子も死罪となります。

佐倉宗吾の物語は歌舞伎や講談などでも語られ、義民として知られるようになり、ここ神内神社では百姓の神として祭られるようになりました。(現地説明板より)


向かって左が神武天皇や明治天皇をお祀りする祠、その脇の岩屋に佐倉宗吾宮。


奥行きのある空間になっていました。


ぴしっと。


おっきな岩ねぇ。


「神内神社は、石英粗面岩(熊野酸性岩)の岸壁をご神体として祭った原始宗教の名残りのもので、多数の水蝕洞穴があり岩面には着生植物が多い。

神社の境内には着生植物、シダ植物を含めて約300種の植物が繁茂している。」(現地説明板)



お社の横に清流。禊の場所でしょうか。この階段は


真っ直ぐ本殿に通じています。


迫力に圧倒されて川に落ちそうです。


おや。狛犬さん。


はじめまして。


お手々はすすぎました。


なによっ。失礼なっ。


見張り番、お疲れ様です。


ぷ。


いやぁん。かわいい。

どうも違和感があると思ったら、阿吽が逆でした。


頭がっ。あたまっ。


そこまで申してはおりません。


狛犬さんの横のこちらで改めてきれいきれいに致しまして。



続きは次回。原始宗教と熊野の巻。のつもり。


いつも応援いただきありがとうございます。私、緑色になってるんじゃないかしら?っとわくわく。参道の山側(向かって右側)をよく見つめると、あちこちから巨大な岩が顔を出しています。大きすぎて画像に入らないです。くすん。
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