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阿波・一宮城。山城巡りは楽しいな。南の曲輪群散策。

こんにちは。


(クリックで拡大します)

鳥瞰図の引用元→→→余湖くんのお城のページ
余湖様、お借り致しました。ありがとうございます。

阿波国の一宮城。

長曽我部元親が城代として北城に谷忠澄、南城に江村親俊を置いて一宮城を守らせていた一宮城。

1585(天正13)年の秀吉による四国征伐で豊臣秀長率いる四万余りの軍勢によって攻められ、一万で必死に戦うものの、開城。



1585(天正13)年。秀吉より阿波18万石の大名となり、阿波国に入部した蜂須賀家政。
当初一宮城を居城としましたが、徳島城を築いてお引っ越し。

益田宮内を城番として阿波九城と呼ばれる重要な支城の一つとしますが、1638(寛永15)年一国一城令により廃城となりました。


(クリックで拡大します)上が北。


才(財)蔵丸と明神丸を隔てるための堀切。

通行を妨げる役目の他に、下を通ってくる敵に上から攻撃するためにも堀切は大事なもの。


上の図面で「堀底道」と書いてある辺り。


うふふ。


ここで標高129m。比高109m。

才(財)蔵丸は、図面で見るとカエルがひしゃげたような形に周囲を曲輪群が囲んでいます。攻められるもんなら、攻めてみな!でしょか。


当時は木々もなく、もっと見通せたのかな。


絶景かなー!の場所にご親切な東屋。

おやつに持ってきたミニトマトをむしゃむしゃ。うめー。


山城巡りの猛者様なら降りていくのかな。


これを「もんぜき」と読んだ方は寺社巡りのお友達です。ふふふ。

正面、左右に広がる道のようなものは、本丸と明神丸を結ぶ帯曲輪。


基礎の石かな。ここにどんな門があったのかな。


まず、明神丸を見学しまーす。こんにちはー。


苦しゅうあったわ。


才蔵丸より広々と開けています。

縄張り図を見ると、明神丸は細い帯曲輪が一周取り巻いていたり、北側の尾根からの侵入を防ぐための空堀と階段状の曲輪、北西方向の二重の空堀、とても厳重に防御されています。(行きたいなー。でも行かないよー。)

本丸を守る重要な場所だったのですね。ふむ。


南西部にはこのようなものが。周りには礎石の名残が点在してます。


一宮城の北東方向。

小笠原(一宮)氏の頃でも、普段は土塁と堀で囲まれた麓の居館で暮らしていたとされ、その推定地が「御殿居」。


麓に一宮神社と大日寺。


明神丸を後にして、帯曲輪をてーくてーくすれば。


おお?


来たー!!

次回、いよいよ本丸!つづく!


鳥瞰図引用
「余湖くんのお城のページ」様
→→→http://homepage3.nifty.com/yogokun/
→→→(クリックで開きます)余湖くんのお城のページ

いつも応援いただきありがとうございます。自力で山登りなんて久しぶりなので、景色を眺めながらおやつ三昧。なかなか先に進みません。才蔵丸や明神丸を囲む曲輪群や空堀には、遊歩道を外れ道なき道を行かなくてはならないので、パスしてます。ずり落ちたら大変ですもの。
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