狛犬ぷりっちり特集。

こんにちは。

ぷりっちり大特集。

まとめて見ると、うまそうな子が多いなー。


滋賀県甲賀市甲南町の大澤八幡社。


滋賀県甲賀市甲南町の新宮神社。


滋賀県甲賀市信楽町の新宮神社。


滋賀県蒲生郡日野町の馬見岡綿向神社。


和歌山県那智勝浦町の下里神社。


三重県御浜町の尾呂志神社。


三重県御浜町の八幡神社。


和歌山県新宮市の阿須賀神社。


京都府舞鶴市の山王宮。ぷりっちりキング。


大阪府高槻市の野見神社。


同上本殿前。


大阪府高槻市の永田神社(野見神社境内社)


丹後半島の浦嶋神社。


丹後半島の竹野神社。


三重県尾鷲市九鬼町の九木神社。


丹波佐吉。


淡路島の洲本八幡神社。本殿前。


同上。


あれ?


淡路島の洲本八幡神社。山門前。


同上。


淡路島の伊弉諾神宮。


若狭の鵜ノ瀬の白山神社。


若狭の天徳寺境内の岩上神社。


滋賀県木之本の黒田神社。


京都府向日市の向日神社。


福井県の疋田神社。


同上。本殿前。


みみなしほーいち?この子、だれ。


福井県の気比神宮。入口の子。


三重県熊野市の神社


和歌山県串本の木葉神社。


甲賀市信楽町の三所神社


滋賀県木之本の伊香具神社。

なんだろうなー。お座りしてるもちもちっとした子ばかりかなー。
関西の子達は、愛敬もんばかりみたいで。

らぶ、狛ちゃんず♪


いつも応援いただきありがとうございます。春からブログを始めて以来、皆様の支えがあって何とか続けることが出来ました。心より御礼申し上げます。皆様に実り多き新年となりますようお祈り申し上げます。
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京都府の狛犬ず。キング丹波佐吉と愉快なお友達。

こんにちは。

京都府の狛犬ず。神使含む。


大原神社。神使の鹿。笑顔できつい事を言ってます。


お金持ちさんにねだって下さい。ちゃりん。


長岡天満宮の牛。


梅に埋もれるのは天満宮なら仕方ない。


向日神社。何かを悟ったらしき好好爺。


綾部市の八幡神社。しわ。


京都市の城南宮。


同・城南宮。心をツヨク持つのよっ。


舞鶴市の山王宮。かめーれおーん♪


丹後半島の浦嶋神社。うふーん。撫でまくるぞ。


丹後半島の竹野神社。遊ぶっ♪


亀岡市の穴太寺内の神社。お気に入りのちびっこ。

そして。

摩気神社の丹波佐吉作のキング・オブ・狛犬。


鼻血が洪水。


尻尾の膨らみ。


流れてる。


この微妙な足の動き。


鼻血がなくなった。


軽く踏み出す力加減。


ほんとに石を彫ったのか。


べた惚れでございます。


しまった。
キングなのに、甘えんぼわんこになってしまった。

関西に数組いる丹波佐吉の狛犬に、わくわくどきどきしながら会いに行くのも楽しみです。

まずは、某八幡さんへ行かなくては。ふふふ。



あ、ごめん。


いつも応援いただきありがとうございます。京都府は広いので、日本海側と市内と丹波と、いろんな狛犬くんに巡り会えました。丹波佐吉の狛犬くんは、もう、別格で。うっとりすることこの上なく。
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和歌山県南部の狛犬ず。むぅーんの巻。

こんにちは。

今回は和歌山県南部、熊野の狛犬、吽ちゃんず。


熊野三山、熊野速玉大社。ぷりっけつ。


いじけた。


熊野三山、熊野那智大社に隣接する青岸渡寺仁王門の子。


熊野三山、熊野本宮大社。キャシャーンがやらねば誰がやる。


鯨の町、太地町の飛鳥神社。熊野本宮大社と兄弟か?


串本町田原の木葉神社。参道くん。


那智勝浦町の宇久井神社。


新宮市の天御中主神社。ワレワレハコマイヌナノダ。
あたまニノセテルノハうんぴーデハナイゾヨ。


串本町の潮岬本之宮神社。むっちむち。たまらん。

そして、一番印象深かった子。


串本町田原の木葉神社。


いつも応援いただきありがとうございます。和歌山県南部は、まるっこい子やら楽しい子やら、ぶっ・・・っと吹き出して笑顔にしてくれる狛犬ずが多かったです。阿吽の「吽」って、へのじ形のお口じゃないんだなー。
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滋賀県の狛犬ず。あーんの巻。

こんにちは。

今年会った滋賀県の狛犬くん達。抜粋。


信楽町の三所神社。


信楽町の新宮神社。しがらきやっきー。


琵琶湖北端「かくれ里」菅浦の須賀神社。


琵琶湖北西の黒田神社。木之本近く。官兵衛つながりで。


琵琶湖北西の伊香具神社。
茅葺き屋根の葺き替えって1000万円以上もかかるって知って泣いている。


協賛金お願いよーっの叫び。


彦根の天寧寺。これは稲荷神社のキツネくん。


近江八幡の日牟禮八幡宮。


甲賀市甲南町の新宮神社。


甲賀市甲南町の大澤八幡社。


日野町の馬見岡綿向神社境内社の浅間神社。


日野町の馬見岡綿向神社。太鼓橋前の参道狛犬。


信楽町の日雲神社。

いつも応援いただきありがとうございます。お買い物に出掛けたら、高速道路の渋滞がすごいことになってました。皆様、お気をつけあそばして。
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クリスマスツリーはいつ片付ける?顕現節まで待つの。

こんにちは。


素朴な疑問。クリスマスツリーはいつ片付けるのか。


だって季節のものにはそれぞれのお片付け時が。

そこで少しキリスト教の節句について。

イエスの誕生日・クリスマス(降誕祭)当日の前後にはそれぞれ待降節と降誕節があります。

待降節は、降誕祭前の4週間(日本では11月30日間近の土曜の夜から)。

特別なカレンダー(アドベントカレンダー。ビンゴのように一日ずつ穴をあける形が多く、お菓子が潜ませてあったりする楽しいもの)で指折り数えます。

日曜毎にアドベントリースに飾ったろうそくを灯します。

4本全てに灯したら、降誕祭。


イエスの誕生日。



東方の三人の博士は、イエスの誕生時にはまだ「ベツレヘムの星」に導かれて旅の最中。



途中でヘロデ王に「ユダヤの王はどこでせう?」と聞くおっちょこちょいな三人組。
自分以外の王が生まれたのかとヘロデ王があせり、ベツレヘム中の2歳以下の男子が皆殺しになるオチ。


彼等がたどり着くまで数日。


東方の三人の博士がベツレヘムのイエスのもとにたどり着き、イエスの誕生を祝った1月6日を記念して「顕現節」(エピファニー)といいます。


三人組が乳香、沈薬、黄金を捧げたときをもって「イエスが公に現れた」、つまり「主の公現」の日。キリスト教においては節目の日。

救世主が現れ、世界に救いがもたらされたことを感謝する期間「降誕祭」(12月24日日没後)から「顕現節」(エピファニー)前日までが「降誕節」です。


従って、1月6日「顕現節」が過ぎてからクリスマスツリーを片付けるのです。

しかし、師走には大掃除をして新年を迎える準備をする日本においては。

お正月に親戚が集まったりお客様が来たりしたときにクリスマスツリーがあるのはちょっと恥ずかしい。


年越し蕎麦食べて、紅白見る頃にはうっすらと酔ってるし。


除夜の鐘の頃には酔い潰れてるし。

鐘がひとつ、鐘がふたぁつ・・・Zzz


同行者に「奈良漬が歩いてる」と言われようとも根性振り絞って初詣。お神酒で迎え酒。

お寺や公共放送や神社やと、ちょいと多忙である日本ではどうするのか。

ちゃっちゃと片付ければそれでいいですよ、日本には日本の文化があるのですもの、って神父様が言ってました。


いつも応援いただきありがとうございます。神父様のお言葉は元も子もないお話になってしまいますが、年末年始の日本の習慣から考えれば至極ごもっとも。キリスト教には本来クリスマスツリーを飾る規定はなく、ドイツの樹木信仰を取り入れた習慣が19世紀以降に北ヨーロッパに広まったものですから、そこは臨機応変ってことでしょう。
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リクエスト戴いた画像の説明は続きで。

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きよしこの夜、もろびとこぞる。

こんにちは。

メリークリスマスです。


今日は「きよしこの夜」を英語と日本語で。

(注)必ずしも直訳になっていないので、英語と日本語の意味が異なる部分がありますので注意。

では。細かいこと言わずに、はいっ♪

Silent night, holy night!

「きよしこの夜」

All is calm, all is bright

「星はひかり」
ユダヤの王が生まれるのよ、とのお告げを受けた東方の三人の博士をベツレヘムのイエスのもとまで導く星。

Round yon Virgin, Mother and Child

「救いの御子は」

Holy infant so tender and mild

「御母の胸に」

Sleep in heavenly peace

「眠り給う」

Sleep in heavenly peace

「夢安く」

Silent night, holy night!

「きよしこの夜」

Shepherds quake at the sight

「御告げ受けし」

Glories stream from heaven afar

「牧人たちは」
イエスの降誕を天使が羊飼いにお知らせ(ルカによる福音書)。
イエスは自分を「私は善き羊飼いである」だと。羊飼い(イエスや聖職者)は羊(信徒)を導くもの。

Heavenly hosts sing Alleluia

「御子の御前に」

Christ the Savior is born!

「ぬかづきぬ」

Christ the Savior is born

「かしこみて」
東方の三人の博士は乳香・没薬・黄金を捧げます。





次にクリスマスに流れる賛美歌「もろびとこぞりて」。
ずっと待っていた救い主の誕生を喜ぶ歌です。









「もろびとこぞりて」(賛美歌第112番。聖歌654番)

諸人こぞりて 迎え奉(まつ)れ
久しく待ちにし 主は来ませり
主は来ませり 主は主は来ませり


賛美歌は主にプロテスタント。カトリックは聖歌。

ちょっとマニアック。


いつも応援いただきありがとうございます。皆様の手元にサンタさんへお願いしたモノは届きましたでしょうか?私は現金をお願いしたら、今月の給与明細が入っておりました。なんかちがーう。るるるるー(T_T)
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イエス・キリスト誕生物語と日本初のクリスマス

こんにちは。

今日はクリスマスイブ。


そして明日はクリスマス。ふ。

クリスマスとは、イエス・キリストの降誕祭。
いわば全世界規模のお誕生日会。



イエスが固有名詞、キリストは「救い主」。
よって、「イエス・キリスト」で「救い主イエス」。

イエスの降誕は新訳聖書の『マタイによる福音書』と『ルカによる福音書』のみに記述がありますが、「12月25日」とは記されておりません。古くからの冬至祭の日を誕生日としたというのが有力説。

母はヨゼフの婚約者マリア。
生まれた場所は、ユダヤの町、ベツレヘム。

処女のまま懐妊したマリア。ヨゼフ、パニック・・・には、ならず。

そこはちゃんと天使ガブリエルが事前に告知しています。


様々な洋画家が描く「受胎告知」はこの場面。
処女マリアは、♂によらず、聖霊により身籠ったのです。

「マリアとヨゼフの子であるイエスは神から遣わされた救い主、キリスト」ということで。


生まれた子、イエスは飼い葉桶に寝かされます。(正確にはこの時、馬は不在)

これは、ヨゼフとマリアが旅の途中で、宿が満室だったので家畜小屋に宿泊していたため。


イエスの降誕を天使が羊飼いにお知らせ(ルカによる福音書)。

イエスは自分を「私は善き羊飼いである」と語っています。
羊飼い(イエスや聖職者)は羊(信徒)を導くもの。

よって、羊飼いの持つ杖は、困難な状況にある信徒を助けるシンボルとして、司教様が持つ司教杖に取り入れられています。



東方の三人の博士は、ぺかーっと輝く星により「ユダヤの王が生まれた」と知り、星に導かれて旅をします(マタイによる福音書)。

途中でユダヤのヘロデ王に「ユダヤ人達の王はどこで生まれたの?」と尋ねます。

ヘロデ王にしてみれば、「俺以外の王って誰や!?」
三人の博士に、その居所が判明次第教えるよう指示。

そんな事があった後も、星に向かっててくてくてく。
ようやく立ち止まった星。その真下が、イエスの居場所。

東方の三博士は、イエスに「乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)、黄金」を贈り物として捧げます。

そして、ヘロデ王には夢のお告げにより、何も知らせず帰国。
後になってヘロデ王は自分の王座を脅かす者を探し出すためベツレヘム周囲の2歳以下の男子を皆殺しに。ひゃー。

ヨゼフ達は天使のお告げにより事前にエジプトへ脱出しており、助かったのでした。


クリスマスツリーのてっぺんの星が、東方の三人の博士を導いた星。「ベツレヘムの星」といいます。
飾りつけは自由に楽しんでも、てっぺんの星は忘れないでね。

東方の三博士がイエスに捧げた「乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)、黄金」。

乳香は、神に捧げるお香。
イエスの時代の前、紀元前のエジプトの墳墓からも埋葬品として出土。

没薬は、お香の他に、殺菌作用があるため鎮静薬、鎮痛薬としても使用。
ミイラ作成時には遺体の防腐処理のために使用されています。
聖書では聖なる所を清めるために使用するなど、頻出。

黄金は、ゴールド。

以上の登場人物達を人形で表現したものが、クリスマスの時期にはカトリック教会等で飾られています。


(wikipediaより)

中央にヨゼフとマリア、飼葉桶の中のイエス。
三人の博士with乳香・没薬・黄金や、羊飼いの姿、天使。



日本の最初のクリスマスは、1552(天文21)年。
周防国山口で、イエズス会宣教師コスメ・デ・トーレス等が、日本人信徒を招いて行った降誕祭のミサ。

トーレスはフランシスコ・ザビエルと共に日本に来ました。
ザビエルの離日後も日本に残り、ザビエルと同じように日本文化を尊重しつつ畿内・山口・豊後・肥前などを転々としつつ布教。

1570年、天草志岐(熊本県天草郡)で死去。

しかし、その後はキリスト教が禁じられたため、隠れキリシタン以外では明治の初頭になるまで全くクリスマスのミサは行われませんでした。

明治以降は、クリスマス商戦にまっしぐら。現在に至る、です。


(カトリック高槻教会の高山右近像。じゅてーむ風)

クリスマスミサは誰でも参加出来る教会が多いので、一度体験されてはいかがでしょう?

あ、私はクリスチャンではございません。宗教への勧誘は致しません。


いつも応援いただきありがとうございます。教会のミサに参加して迎えるクリスマス。初詣みたいなものでしょうか。今年のサンタさんは何をくれるのかしら。楽しみですわっ。おほほほ(涙)
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もりりんと蘭丸の森さんち物語。信長協奏曲最終回と高野山。

こんにちは。



信長様の墓所前。

ドラマ信長協奏曲、面白かったです。
官兵衛に続き最終回だなんて、寂しいなぁ。


織田信長墓所。

もりりんの最期に泣きました。

もりりんとは、森可成(よしなり)。
六男三女の子だくさん。六男内訳は可隆、長可、蘭丸、坊丸、力丸、千丸。


1523(大永3)年尾張国葉栗郡蓮台(現岐阜県羽島郡笠松町)生まれ。
信長が家督相続する頃からずーっとお仕えしてきたもりりん。

柴田勝家と共に勝竜寺城の戦いなどでは先鋒を務めます。

宇佐山城(近江坂本の辺り。比叡山延暦寺のふもと)において浅井長政・朝倉義景の連合軍に石山本願寺法主顕如の要請を受けた延暦寺の僧兵も加わった3万の軍勢を1000の軍で一旦は撃退するものの、織田信治(信長弟)、近江の国人青地茂綱、長男・可隆と共に討死。

跡を、次男・長可(1558年生)が継ぎます。


「鬼武蔵」と呼ばれるほど頑張って、信濃国川中島に20万石を獲得。
弟の蘭丸くんも父兄の治めた美濃国金山に6万石を与えられました。

しかし、そこへ起きた本能寺の変。



弟の蘭丸(1565年生)・坊丸(1566年生)・力丸(1567年生)くんは、信長の小姓としてお勤めしており、1582(天正10年)本能寺で信長様と討死。

この時長可は、領地におり、無事。

川中島といえば、かつて武田信玄と上杉謙信がバチバチしたところ。
嫌な予感がします。



長可は本能寺の変後、領国の一揆勢の不穏な動きや上杉景勝の攻勢を危惧。
川中島の所領を捨てて蘭丸の領国であった金山に退きます。

危惧した通り空地となった川中島は侵攻してきた上杉の手に渡り(天正壬午の乱)、長可は失領。

金山の蘭丸の遺領を引き継ぎ再起を図ります。


父も兄も失った長可は森家の存続に必死になります。

が、長可は小牧・長久手の戦いで、つねちゃんこと池田恒興と共に討死。


ひとり残ったのは、末弟の千丸(1570年生)。長じて忠政。


本能寺の変当時、母と安土におりました。
二人は森家と親交の深い甲賀の伴惟安の手引きによって政情不安定な安土から脱出。


甲賀の伴惟安の所領に匿われます。
兄の長可によって迎えの使者が出され、領地である金山へ帰りました。

しかし、長可は小牧・長久手の戦いで討死。

長可は遺言書で忠政について「あとつぎ候事、いやにて候」と書いていたものの、秀吉は忠政に金山7万石を継がせます。


忠政は、家督を継いで真っ先に恩人である甲賀の伴惟安・惟利親子等の甲賀衆を正式に森家の家臣に迎えます。

その後、秀吉に従い「羽柴右近大夫忠政」の名乗りを許され各地で転戦。
秀吉死去後関ヶ原の戦い半年前に、かつて兄・長可の領地であった信濃国川中島13万7,500石へ加増転封となります。

入領後、まず、天正壬午の乱の際に兄の長可を裏切った高坂昌元の一門をわざわざ探し出して磔に架けました。

弟はちゃんと見ていたのだ。
許せないもんは、許さないのだ。

関ヶ原の戦い前。石田三成が大阪方にお誘いのため忠政を訪問。

「家康に付きます」と宣言。羽柴を捨て、本姓の森に戻します。


三成は怒り心頭。真田昌幸に宛てた書状の上で「忠政との遺恨格別」「秀頼様を騙し領地を掠め取った」などと名指しで批判するほど。

関ヶ原最中は、真田への抑えとして領地で踏ん張り、関ヶ原後は領地据え置き。

関ヶ原後「右近検地」を行い重税を課した結果、領地全土で大規模な一揆発生。

ブラック忠政、発動。
規律に逆らうもんは許さないのだ。

一揆を徹底的に叩き潰し、一揆衆を鳥打峠で数百人単位で磔に架けて処刑。
善光寺「千人塚」には忠政に処刑された犠牲者の氏名が赤字で刻まれているといいます。

1603(慶長8)年、小早川秀秋の死去により小早川家が無嗣改易。
忠政は美作一国18万6,500石(津山藩)へ加増転封。

森家の美作入封に際しては、元小早川家臣や元宇喜多秀家の家臣の浪人や在地土豪らが反発。3000人もの人々が播磨・因幡国境付近を固め入国を拒否。美作国人一揆です。

ブラック忠政、発動。

せずに、今度は調略作戦。交戦なく美作へ入ります。
無論お仕置きはあり。遅くに森家に従った者には士分を剥奪し帰農する事を強制。

家臣内のもめ事いざこざは何度も起きたものの、家中の押さえとして叔父の森可政親子(江戸幕府旗本)を5,000石と3,000石の所領と執政職の権限をもって迎えます。

以降、もめ事はおさまりました。

めでたしめでたし。



とはいかず、津山藩主森家は三代で改易。
しかし、「聞こえおぼしき家柄」の森家は、御家再興を許されます。

赤穂藩2万石、三日月藩1万石、新見藩(森氏親族、関氏)1万8千石として幕末。明治維新を迎えます。


いつも応援いただきありがとうございます。苛烈なところはあるけれど、兄ちゃんを裏切った高坂と統治に逆らった者への厳しい対応の裏には忠政なりの考えがあるように思えます。信長協奏曲の最後に、「来年12月映画化!」の文字。途端にぷしゅーっと凹みました。続きは映画館で!っての、やめて下さい・・・。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

軍師官兵衛最終回。蛍の光。

こんにちは。

最終回。さよならは「蛍の光」。はいっ♪


懐かしの広峯神社。
ちびっこ官兵衛がよく薬草をじーちゃんともしょもしょしてました。


広峯神社拝殿。
御師さんの売りさばく目薬は広峯神社のお札とセット。


御着のじーちゃんとかーちゃんの墓所。


第一話で領民がお祈りしてたところ。広峯神社拝殿。
ぼろ儲けたじーちゃんのおかげで、こっそり裕福なちびっこ官兵衛。


小寺の殿様とよく碁を打ってましたねぇ。負け方が下手くそで。


亀山本徳寺本堂。

英賀での門徒衆との戦はとても面白かったです。


書写山圓教寺の「三之堂」

第16話。秀吉が三木城の別所攻めの時の本陣の場面。
竹中半兵衛も山中鹿之助も健在で、兵糧の支度に三成がパシリしてた頃。
歴史上も秀吉が本陣を置いたところ。


滋賀県の長浜城。
秀吉に仕えた官兵衛。

木之本の黒田が官兵衛の祖先発祥地と説によるご縁で、長浜から木之本は官兵衛ふぃーばー。


淡路島の洲本城。
官兵衛が秀吉のもとで行った淡路島と四国攻め。
使った刀は安宅氏をばっさりの「安宅切わきけおとし」。福岡市博物館蔵。


姫路市飾磨区妻鹿(めが)の、妻鹿城趾。

姫路城を秀吉に譲って官兵衛親子が移った、太平記の時代に妻鹿孫三郎の居城「国府山城(こうやまじょう)」があった甲(かぶと)山。


妻鹿城近くのとーちゃんの墓所。


書写山から見下ろす姫路の土地。


さようなら。


そして官兵衛から時が流れ。


高野山奥の院の墓所。


肥前に移った黒田家は転封なく明治まで領地を治めたのでした。


さて、大河ドラマですが。
信長ご健在の頃の石山本願寺とのすったもんだが面白かったです。

第10話。「英賀御堂 毛利の本陣」の場面。浦宗勝がドスドスと歩いてきて、どーんっと座った場面はここの正面。


第9話。本堂内部で顕如様のもとで門徒衆が祈ってた場面。

そしてツボったのは、官兵衛の叔父様のつるっぱげいぶし銀休無様。

増位山随願寺に自分の寺を構え、東西はもちろん、因幡街道までも見下ろす場所で目を光らせていた休無様。


増位山随願寺というのは、市川を下れば姫路にも妻鹿にも繋がっておりました。なにか発見した気分。

官兵衛妻にうなぎを持ってきたり、長政誕生には鼻の下がだるんだるんになったり、戦では必ず官兵衛を助けたり。
隆大介さんが演じてました。渋過ぎます。

秀吉の御伽衆になり、ものすごく官兵衛をフォローしたはずなのに、どこへ。


播磨にいた頃の官兵衛を追っかけた春。

姫路駅の新幹線構内まで駅弁を買いに行ったのは、遠き思い出。


書写山ロープウェーのかんべーくん。


わかった。また行くからっ。


いつも応援いただきありがとうございます。九州で暴れた関ヶ原前後をもっと見たかったなー。我欲むき出しの官兵衛に惚れ込みました。来年はどうにもこうにも苦手な時代。でも、ナレーターが赤い彗星の池田秀一さん。声だけ聞きたくて仕方がないです。公共放送に踊らされるあほーでございます。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

黒田家墓所。高野山奥の院。

こんにちは。



高野山奥の院。


巨木立ち並ぶ奥の院。


中の橋。


御廟橋。これより奥は今も空海が住んでいる聖域。


かんべえくん、いよいよ最終回。寂しいな。


官兵衛の仕えた豊臣家墓所


黒田家の宿坊は、正智院。

永久年間(1113-7)に、学僧教覚正智坊により開基。
高野八傑の1人の道範大徳が中興。

黒田家・島津家の帰信が厚かったお寺。
本尊は阿弥陀如来。
国宝文館詞林、不動明王、五銛鈴その他仏像、仏画・典籍を多数所蔵。



筑前・黒田家墓所。

外様。52万3千百石→47万3千余石。
黒田家も複数の墓所があります。


筑前・黒田家墓所


筑前・黒田家墓所

関ヶ原で長政が頑張っても、外様は外様。
徳川へのお気遣いなのか、お大師様への信仰心が厚いのか。

シンプルでも重厚な黒田家墓所なのでした。


いつも応援いただきありがとうございます。楽しかった大河「軍師官兵衛」もいよいよ最終回。寂しいなぁ。高野山奥の院の黒田家墓所は、結城秀康や岡崎本田家の近くにどっしりと立っています。周りと比べると一際大きく威圧感がありました。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

おまけ

加賀・前田家墓所を書いてる時に気づいたもうひとつの黒田家墓所。
プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

◎画像の著作権は放棄しておりません。
◎画像と記事の無断使用厳禁!!
◎丸パクリには断固抗議する!!

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