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レオン氏郷のおうち。日野城址の土塁に惚れちゃう。

こんにちは。


かもっちまでご丁寧な日野。


いやいや。これは、日野川ダム。水がないけど。

ここに面して、


蒲生氏郷のご先祖代々の音羽城と区別するため、地元では中野城。


土のもりもりに心は踊る。


ありがたいことです。


日野城は氏郷の移封後は棄却され、耕作地になり。

江戸時代は、日野城の東北角っこに仁正寺藩市橋氏が仁正寺陣屋を構えたので、一部改変されてます。


横堀を渡る土の橋。


土橋西側。土塁の外側に城を囲む堀がずずいーっとあります。


目を凝らしてご覧ください。


土橋東側。夏に来たらやぶ蚊が凄そうな。


ここはなにかしらー?


1620年、市橋長政が入り仁正寺藩を立藩。


市橋さんの藩庁跡です。


ありゃ。


土塁で囲み外側に堀を巡らせていた日野城。

現存してるのは、これだけです。



戻りましょー。


レオン氏郷のおじいちゃま・蒲生定秀が造り始め、パパ・賢秀、レオン氏郷が居城とした日野城。

西側の土塁を登れば

お稲荷さん。


市橋氏二代政信の時、仁正寺藩庁の裏鬼門に建てられた稲荷神社。
維新後は旧藩士による稲荷講により信仰されています。


はしっこの下は


土塁だけでも高いのに、さらに下は堀。高低差ありありです。


うふふふ。


昔は馬場と本丸への通り道だったのか、なー?の、今の通り道。


ではお向かいの凉橋神社へ。




どこかに井戸があったんだろうな。


1720年創建の凉橋神社。

市橋氏の氏神様。源氏の流れという市橋氏の先祖・六孫王源経基を祀るとか。
あるいは、1666年に毒殺された藩主政房の怨霊を鎮めるためとか。


凉橋神社からの眺め。すかーっと。

市橋氏時代は、この辺りは藩庁の庭園になっていたとのこと。


左上が凉橋神社。言われてみれば庭園の趣。






ちまちまっとした石積がぷりちー。


楽しかったなー。


一旦、外に出まして。てくてく。


レオンの名残。


なんときれいな産湯の井戸。
きっと、ここに城内の井戸があったんだろうな。


堀。


日野城址図面の西側、当時からの本丸への道は今も道路として活躍中。


この石碑の背後には。


本丸南側の斜面。

さて。お腹がすいたので。

愛知県民、魂のおやつ。しるこサンド。
親友のお土産・名古屋港水族館バージョン。


レオン氏郷のおうちは、少ししか残ってないけど、手軽に堪能できてとっても楽しかったです。


いつも応援いただきありがとうございます。レオン氏郷が駆け回っていた当時の面影が残る日野城址。日野川ダム公園の駐車場や東屋を利用してのんびり散策できます。ただし、日野の町中にはコンビニなどはないので、おやつやご飯はご持参下さいね。
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