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鬼ヶ城は田村麻呂の鬼退治。鬼ヶ城本城は有馬氏内輪揉め

こんにちは。


熊野古道。波田須の道。

お伊勢さんから熊野へ向け、てくてく歩いて峠をいくつも越えて、

大泊の海に出て


更に松本峠越え。

この松本峠に連なる小高い山の先端には

国の名勝、鬼ヶ城。


「おしおきだべぇー」

・・・いいんだ。わかる人にわかれば…(T_T)ターイムボッカーン♪


むかぁし昔、ここには鬼と恐れられこの地を荒らし廻っていた海賊・多娥丸(たがまる)一党がおりました。


桓武天皇は、坂上田村麻呂に海賊・多娥丸の征伐を命じます。


坂上田村麻呂といえば、能楽「田村」の主人公。
鈴鹿の鬼の征伐にお出かけして、千手観音様の仏力の助けを借りた人。

さて。鬼ヶ城では如何にせん。

鬼(海賊・多娥丸)達は鬼ヶ城にて田村麻呂達を迎え撃つべく籠城。

すると、沖合の「魔見ヶ島(まみるがしま・地元ではマブリカ)」に童子が現れ舞い唄い出しました。

籠城していた鬼さん達が「なにかしら?」っと岩戸を開けた瞬間に、坂上田村麻呂が「神通の矢」を放ちます。


見事一矢で鬼を仕留めましたとさ。


くるっと回れる遊歩道なんですが、太平洋の荒波の力は物凄い。


石英粗面岩から構成されるこの岸壁は、数回に渡る急激な地盤の隆起により、段々になっています。


各段毎に波蝕洞窟があり、天井には蜂の巣状の風蝕痕。
床は板のように平らになっている反面、上端は鋭く尖っています


隆起しては波に侵食された跡ですねぇ。


蜂の巣状の風蝕痕。


くるっと。


落下してこないか、ちょっと怖い。


蜂の巣状の穴をじいーっと見てると、ぞわっとします。


色の違いが美味しそうです。


鬼ヶ城から見えるホテル。

部屋から見える景色が好物です。

名勝鬼ヶ城の上には鬼ヶ城本城。

室町時代(1523年頃)に熊野有馬氏の有馬忠親が甥の忠吉に家督を譲り隠居城として山頂に築城したお城。

熊野有馬氏とは

イザナミがカグツチを産んだ


産田神社の


神官の榎本氏が有馬一帯(産田神社や花の窟神社のある辺り)に勢力をはり有馬氏を名乗ったことに始まるといい、最盛期には御浜町から尾鷲までを治めていました。

その有馬忠親は、隠居後に実子が生まれたため、甥の忠吉を自刃させてしまいます。
怒った忠吉親族が忠親を鬼ヶ城本城に攻め、敗れた忠親は自刃。実子孫三郎が家督を継ぐも、有馬氏の勢力は大きく後退。
後に有馬氏は堀内氏によって滅ぼされます。堀内氏は豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の戦いまで当地を治めました。

鬼ヶ城は上も下も大忙し。

さて、熊野古道にお話は戻り。

峠を越えて


あとは七里御浜を進むだけ。




お天気がいいと眠くなるよねぇ。


意地っ張りめ。


いつも応援いただきありがとうございます。鬼ヶ城は、獅子岩とともに国の天然記念物ですが、いきなりこんなもんが現れたら、昔の人はさぞかし驚いたことでしょう。夏の鬼ヶ城はふなむっしーが運動会してます。ええ、そりゃもう、たくさん。
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