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《書写山》本多家廟所⑤ 嫁は千姫、母は熊姫…忠刻



と、



の、長男、忠刻。妻は…



の、千姫。

千姫の、父は秀忠、母は江、夫は秀頼、義母は淀君。



重い!重いぞ、忠刻 (T_T)!

そんな忠刻。
父・忠政と大阪夏の陣で頑張り、戦後には千姫と結婚。

祖父の忠勝の桑名で生まれ育ちましたが、父がもらった姫路藩の所領15万石とは別に、千姫の化粧料の姫路新田藩10万石を背負って父・忠政と共に姫路に入ります。

まー、誰もが振り返る眉目秀麗、ちょー美丈夫になった忠刻(ここ、大事ね♪)。うひゃー。


さらーに、剣術にも熱心な美武両道 ( 〃▽〃)☆☆☆

宮本武蔵を姫路藩の師範に向かえ、武蔵の養子の三木之助を小姓にします。


千姫との間には、長女・勝姫、嫡男・幸千代が生まれますが、幸千代は3歳で早逝。

忠刻も31の若さで逝去します。



小姓の三木之助は殉死。その介錯をした角兵衛は三木之助の供をして殉死。

遠方にいた岩原牛之助も駆け戻って、墓前で殉死。


牛之助辞世
「二世までと思いしことのかないきて君もろともに行くぞ嬉しき」


美武両道の忠刻、すんごーく慕われてたのね。


この時、父の忠政はまだ健在だったため、忠刻は藩主を継いでおらず、代わりに弟の政朝が姫路藩主を継ぎます。

千姫は、徳川家に引き取られ、弟の家光にも大切にされ、江戸で逝去しました。


弟の政朝。これまた、アレな人です。続く!


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《書写山》本多家廟所④ 自由な次男坊、忠朝

忠勝の長男の忠政には弟が。名は、忠朝。



兄の忠政と別に、父・忠勝に従って関ヶ原では大活躍。
ご褒美に新たに桑名藩主となった父が持っていた、上総大多喜5万石をもらいます。

そこでは、難破したドン・ロドリゴ一行を保護してあげたり。

父他界時は、兄の忠政に遺産のほとんどをとられても、沈黙。
家康に「それでこそ忠勝の子♪武士の手本じゃ!」とほめられた。(でも何にもくれないのが家康って人)

そして大阪冬の陣。

活躍したけど、敵の猛攻に敗退…。

「たーけ!」

家康に叱られる。

大阪冬の陣では、汚名返上のため、頑張った!


しかし…



なにやっとんねん…(T_T)


「忌むべきは酒なり。わが墓に詣でる者は必ず酒嫌いとなるべし」


葬られた一心寺(大阪市天王寺区)は、「酒封じの神」として知られるようになりましたとさ。

(ノ-_-)ノ~┻━┻

家康は、それでも忠朝が憎めず、忠朝の嫡子、政勝に大和郡山藩主の地位をあげました。


一心寺。戦災で焼けてしまいました。

建築家の住職さんの発案で、安藤忠雄設計みたいなお寺になってて、面白いです。

一応、酒飲みのたしなみとして、行ってみたことあります。


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《書写山》本多家廟所③ 忠政は父が四天王で嫁が熊で息子の嫁があの人で…

忠勝の長男・忠政



関ヶ原では秀忠軍。関ヶ原後に父・忠勝から桑名藩主を継ぐ。

大阪冬の陣では徳川軍の先鋒。
戦い終わって、大阪城の堀を埋める係。



大阪夏の陣ですごく頑張ったので、ご褒美に西国の抑えの姫路をもらう。


姫路でも、頑張る。荒廃していた書写山を修復したのは忠政から。


あまりの荒廃っぷりに、忠政指揮のもと家門あげての修復工事。


もはや橋なんだか石の塊なんだか…。


そして忠政の地味にすごいところは。


嫁の祖父が信長と家康って。こわっ!


忠政ったら、実の父は徳川四天王の忠勝で、義理祖父が魔王信長と主君家康。

さらに、嫡男忠刻の奥さんには、家康の孫娘の千姫が来た。



上から押さえつけられ、横から圧迫され、下から突き上げられ…(T_T)

もひとつ、弟はとんでもない人だったりする。

続く…


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《書写山》本多家廟所② 四天王 本多忠勝!


言わずと知れた、徳川四天王の1人。

側室の名は「乙女の方」

乙女、て…。


遺言…
「侍は首を取らずとも不手柄なりとも、事の難に臨みて退かず、主君と枕を並べて討ち死にを遂げ、忠節を守るを指して侍という」

主君と枕を並べて…ん?なぁに?忠勝?
お姉さんだけに、言ってごらーん(*^▽^)/★*☆♪


遺訓…
「ちびっこに家督を継がせてはならん」

これが後々の騒動の元に。


辞世…
「死にともな 嗚呼死にともな 死にともな 深きご恩の君を思えば 」

きゅん。


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《書写山》本多家廟所①まとめ

姫路藩主になった本多家。

言わずと知れた、徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝の子孫です。

書写山圓教寺の第一の霊地である大講堂等が立ち並ぶ区域に「本多家廟所」があります。




土塀は外からの結界。


これがほんとの三葉葵。


忠勝は桑名城主。長男忠政が初代姫路藩主。
姫路藩主としては、

第1期 忠政・政朝・政勝
第2期 忠國・忠孝

です。


この廟所には、廟屋5棟(忠勝・忠政・政朝・政長・忠國)、五輪塔(大)2基(忠刻・幸千代)、五輪塔(小)4基(殉死者4名)の、合計11基の墓碑があります。





忠勝、忠政、(忠刻)、政朝、政長まで直系男子が並んでいます。

日曜日だけ、中に入れます。朝一番だとまだ閉まってます…。



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《書写山》本多家廟所と榊原家廟所の予備知識・姫路藩主変遷

藩主がコロコロ変わった姫路藩。

池田家(外様 52万石)輝政・利隆・光政

本多家(譜代 15万石)忠政・政朝・政勝

松平(奥平)家(親藩 18万石)忠明・忠弘

松平(越前)家(親藩 15万石)直基・直矩

榊原(松平)家(譜代 15万石)忠次・政房・政倫

松平(越前)家(親藩 15万石)直矩

本多家(譜代 15万石)忠国・忠孝

榊原家(譜代 15万石)政邦・政祐・政岑・政永

松平(越前)家(親藩 15万石)明矩・朝矩

酒井家(譜代 15万石)10代続き明治維新。


【本多家】
第1期 忠政・政朝・政勝
第2期 忠国・忠孝

政勝以外、書写山圓教寺に廟所あり。


【榊原家】
第1期 忠次・政房・政倫
第2期 政邦・政祐・政岑・政永

忠次・政邦は増井山随願寺、他は書写山圓教寺に廟所。


次にご紹介します。


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書写山と和泉式部と能楽「東北」

書写山圓教寺の常行堂。









この舞台は、正面に建つ大講堂(本殿)のご本尊様に舞楽を奉納するためらしい、と現地案内板。
それにしても、でかい楽屋。10間もあります。


ここで、能楽「東北」(とうぼく)が奉納された写真がありました。

なぜ、東北?

それは、シテ(主役)が、書写山に縁のある和泉式部だからです。

書写山の参道に、和泉式部の生涯がこんな風に何枚もの案内板で説明されてました。

こ、こ、この絵は…(T_T)

びみょーに合ってて、でも、激しくちがーう(T_T)
なんてこったい。


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書写山と和泉式部と鵺



奥の院に、ひっそり佇む和泉式部の歌塚。鎌倉時代のもの。

和泉式部が仕える中宮彰子が、はるばる書写山まで開祖の性空上人に教えを乞うために訪ねて来たのに、権勢嫌いの上人は居留守をつかいます。

がっかりしょぼぼん…な、彰子の姿を見て、和泉式部は一首の歌を上人へ。

格調高く、宗教性溢れる歌に感激した上人は、追いかけて、彰子に仏の道を説いたとさ。

和泉式部の歌がこれ。


「冥(くら)きより 冥き道にぞ入りにける 遥かに照らせ 山の端の月」


謡「鵺」に出てくる歌です。
仕舞「鵺」で覚えたので、この歌を読むと、節とリズムが付いてしまうので恥ずかしい。
源頼政に退治された鵺が(鴨川から)淀川に流される最期の場面。


うつほ舟に押し入れられた鵺は淀川を流され
浦曲(うらわ)の浮洲に流れ留まります。

「冥きより冥き道にぞ入りにける 
遥かに照らせ山の端の遥かに照らせ山の端の月と共に
海月も入りにけり 海月と共に入りにけり」

という言葉で終わります。


頼政に射たれ、淀川に流され、最期に鵺は何を見て何を思ったのかな、と。

そんな歌。

他にもっと引用されているのでしょうが、乏しいお稽古履歴ではこれが精一杯。鵺の謡跡でなく書写山で浸ってしまった…。


書写山と和泉式部の関連は、また次回に。


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《姫路》書写山圓教寺と英賀御堂


英賀から引っ越しさせられた旧姓「英賀御堂」の亀山本徳寺、にあった、これ。

「500年前に強奪されたので、門徒が奪い返した!」っと紹介しました。


とぼけても駄目です。

書写山圓教寺は比叡山延暦寺と同じ天台宗寺院として、播磨では一大勢力。
昔日の寺社勢力の常、僧兵在中。


英賀を拠点に急速に勢力を伸ばす本願寺は、在来の既得権益を侵すことになり、旧支配勢力や既存社寺による英賀打ち壊しが頻発。

ますます英賀は城塞化していくのでした。


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《姫路》書写山さくっと紹介

姫路駅から数キロ。

書写山へ。


せっかちな私は朝一番のロープウェイで、向かいます。








一目散にえっちらおっちら…


じゃーん!


右から順に…







常行堂を横から見る。


朝一番のお寺は清々しいです。

ここは、ラストサムライのロケ地です。

そして、大河にここが出ます!ロケ地です!おたのしみに!!


書写山圓教寺はとても大きくて広いので、ゆっくり小分けにしてご紹介します。


おまけ



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つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

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