大原神社。鳥取県伯耆町大原。しゅっとしたお狐様と先代ズ

こんにちは。


大山(だいせん)。


焼き立てパンが自慢のペンションへ行く途中。

鳥取県伯耆町大原で、ふとこんもりした木々があったのでお立ち寄り。


バス停「大原神社前」の前。これが境内の全て。

石灯籠は文政4年(1821)奉納。

文政年間はシーボルトが来日してわちゃわちゃした頃。


こちらの鳥居は、天保14年(1843)奉納。

天保年間は大塩平八郎の乱や天保の大飢饉が起きた頃。


社殿は明治の頃のようです。


お狐様は文政10年(1827)生まれ。


おあげさんが薄味なので、おうどんのおだしととても合いますの。

きつねうどんの時は、かやくご飯がいいです。
おあげさん三昧になってしまいます。けふー。


他の石灯籠も江戸後期のものが多いです。


ゴボウの注連縄。両端の太さの違いが特徴。


何だろう?ヌンチャクじゃないことは、わかるぞ。


何だろう何だろう?


ちょいと異質な空間。


じーっと見てはいけない不思議なものを感じます。


先代さんかな。


こちらにお稲荷さん?

うーんうーん。じゃ、本殿はどちら様なのかなー?
鳥取県神社誌でも見当たらず、祭神・由緒共に不詳。

奉納年代から、江戸後期には鎮座していたことだけわかります。


どちらが先代さんなのか、関係ないですね。みんな、現役。


手前の子、とても優しい顔立ちです。


まぁるくなっても頑張っている子が好きです。


師走は何かと出費がかさみますが、


これさえあれば乗り切ることができます。ふふふ。


どうなさいましたか。


うふふふ。


とても美しい姿のお狐様。


しゅっとした美形さんです。


こんな狐面のようなお狐様は初めて会いました。

うふふふ。


大原神社
《住所》鳥取県伯耆町大原(バス停「大原神社前」0m)




いつも応援いただきありがとうございます。
何だかいいかほりがするぞー♪っと立ち寄ってみたら、とても素敵なお社。こんな日はずーっと気持ちがいいですね。お散歩途中のおじさまに、いい神社でしょ?たくさん撮影してみんなに紹介してね、っとお声をかけていただいて、さらに嬉しさ倍増。お狐様も謎の石の祠もとても珍しくて、ほくほくしました。

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石工・川六の狛犬(8)潮津と夏泊の神社合祀。地蔵尊付き

こんにちは。


潮津神社拝殿。


扇形の拝み石。明治のもの。



【祭神】
大国主神(大巳貴神)・八上姫神(大国主神の妻)・保食神・菅原道真

【由緒】起源は不詳。

元は「王子権現」と称し、潮津村の氏神。

最も古い棟札は寛永8年(1631)。
寛文7年(1667)鳥取藩主池田氏より1石3斗5升の社領の寄進を受けます。(『青谷町誌』)


明治元年。

潮津村の氏神「王子権現」(大国主神・八上姫神)
空町の「稲生(稲荷?)大明神」(保食神)
境内末社「天満宮」(菅原道真)

上記3社を合祀し、潮津神社に改称。

(鳥取市あおや郷土館「没後150年記念『因州が誇る幕末の名石工・川六』展」図録より引用)



さてここで、夏泊神社へ戻ります。


はいはい、肉まんね。

夏泊神社の創建は不詳。祭神は、事代主神(大国主神の子)。

もとは「恵比須社」と称し、夏泊地区の氏神でしたが、明治元年(1868)潮津神社との合併の指導がありました。

しかし恵比須社(夏泊神社)は、漁業関係者の反対により合併せず、現在の名称「夏泊神社」となっています。


(鳥取市あおや郷土館「没後150年記念『因州が誇る幕末の名石工・川六』展」図録より引用)



頑張った狛犬さんは、天保拾年(1839)9月吉日生まれ。


潮津神社へ戻り。


安政4年(1857)生まれの阿ちゃんが踏ん張っている左手の下。

四角い石に「夏泊/若連中」の文字が刻まれています。
 

結果として合祀には至らずも、明治元年に合併の指導がなされた2社です。

夏泊村と、潮津村とはさほど離れてはいませんし、何らかの繋がりがあったのでしょうね。


拝殿に、力士さん。・・・力士でいいのかな?


ぷりんっとな。


趣のある彫刻が見えましたが、川六狛犬さん巡りが目的なので、省略。


うおっ。心のなかを読んだわねっ。

さぁてと。


うん、そろそろ帰るね。ごめんね。


いじけるなよぉ。泣けちゃうぞー。


そうそう、バイバイは笑顔でね。

・・・と、かわいい狛犬2組に会えて幸せなまま、


潮津神社後方にある、専念寺へ。

こちらの参道の途中にも、川六の作品があります。


どっちだと思う~?


正解は、こちら。向かって右側。

岩の上の蓮華座に、右足を組み、左足をおろした姿。


嘉永6年(1853)、川六の銘。


「狛犬インパクト!どーん!」な個性ではなく、穏やかさを感じる地蔵尊です。


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夏泊神社と潮津神社が合祀していたら、境内は川六狛犬天国。でも、夏泊神社の子達は海を眺め、皆の帰りを待っている方が似合っている気がします。ころっと作風が変わった潮津神社の川六狛犬ですが、何度も見ているうちにじわじわと愛着がわいてくる味わい深い子達でした。専念寺の地蔵尊様は、真面目なお顔(当たり前だけど何か物足りない)。左足をおろしている所が少し個性?

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石工・川六の狛犬(7)潮津神社の吽ちゃん。

こんにちは。


潮津神社の川六狛犬、吽ちゃんズ。


萌え殺す気まんまんの後ろ姿が、川六。


ころころです。


ぷにぷにっとしていそうなあんよです。石だけど。


いかついけれど、どこかかわいい♪

地域の人々の心にズキュンっときたのか、旧気高郡青谷地域(現・鳥取市青谷町)を中心に見られる川六狛犬は以降、この「岩石の上でがおぉー」が大半を占めます。


石灯籠上の狛ちゃん。いっちょまえに吠えてます。


阿ちゃんはボコボコの自然石の上で、顔を下げて吠えていますが、


吽ちゃんは平らな自然石の上で、少し顔をあげてお外を見ています。


寒くなると焼きいもが美味しいねぇ。


えーっ。



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阿吽ともに、岩の上で「がおっ」としてますが、どちらもよく見るととてもかわいいお顔とふっくらしたお腹が川六らしいといいますか、どこか愛らしいです。石垣と生け垣で見えにくいですが、新型川六狛犬を堪能できました。うふふふふ。

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石工・川六の狛犬(6)潮津神社。ガラッと変わる狛犬阿

こんにちは。


潮津神社。

狛ちゃん、どーこだ?


きゃっ♪ 狛あんど狛っ。


むむっ。そっちこそ怪しい。

私は川六の狛犬さんに会いに来たんですが、お留守?


笑ってるよー♪

ご覧の通り、石垣+生け垣の二重苦。私の背ではお顔が見えません。


前が駄目なら後ろから♪

実は、岩に乗って四つ足を踏ん張っている狛犬さん、初対面なの。
関東ではちょこちょこあるそうですよ。


うおおおー!?「川六」の文字が!狛ちゃんの股の間越しに!

川六といえば


夏泊神社。天保10年(1839)。川六最古の狛犬。かわいい。


姫路神社。嘉永2年(1849)。かわいい。


潮津神社。安政4年(1857)。うずうずうずまき & 出雲構え風。

・・・川六に何があったのでしょう。


いや、相変わらず「かわいいのツボ」は心得ておいでで。あんよとか、


横顔はかわいいです。が。


ガラリと作風が変わりました。

素人目ですが、この姿に彫るのは、お座りより数段難しいように思います。


石灯籠上の狛犬さん。川六かは不明。


もう、ほんとに見えにくくって困っちゃう。


萌え殺す気まんまんだなー。たまらんなー。ぷっくぷくぅ。

つづく


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かわいいお座り狛ちゃんから、ガラッと変わりました。潮津神社の5年前作の長和瀬神社(未訪問)の狛犬さんが既にこの子達と同じような姿です。まー、とにかく見辛くて見辛くて。苦心惨憺して撮影したのでご容赦ください。この子は勇ましいお顔をしながら、後ろ姿がまるで子犬。ぷっくぷくのお腹やまんまるちんのあんよがたまらなくかわいいです。

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石工・川六の狛犬(5)鳥取藩神社事情と姫路神社由緒

こんにちは。

鳥取藩といえば、藩主は池田氏。


池田氏墓所の石灯籠群。


亀趺(きふ)と呼ばれる亀の形の台座は、


墓所のゆるキャラ「きっふん」として奮闘中。


《鳥取藩》

鳥取藩は、因幡国・伯耆国(現在の鳥取県)の2国を領有した大藩。
石高は32万5千石。藩庁は因幡の鳥取城(鳥取市東町)

関ヶ原の戦い後、池田恒興の三男長吉が6万石で入封。鳥取藩立藩。

池田恒興の男子は、①元助、②輝政、③長吉、④長政

①元助 小牧・長久手の戦いで戦死
②輝政 播磨姫路藩、52万石。継室は家康次女の督姫。子に忠雄、孫に光政
③長吉 因幡鳥取藩、6万石。後に岡山藩藩主。
④長政 備前国下津井、3万2000石。後に岡山藩家老家。

紆余曲折を経て、「②輝政」と家康次女の督姫の孫、光政が鳥取藩主。



以降、池田氏が長く藩主をつとめ、明治を迎えるかというと。

最後の最後に、あちょーっな事が。


《明治の鳥取》

嘉永3年(1850)年10月29日、鳥取藩主池田慶栄、嗣子なく急死。

幕命により、第12代藩主として慶徳(よしのり)が入ります。



慶徳(よしのり)は、常陸水戸藩主・徳川斉昭の五男、つまり第15代将軍・徳川慶喜の兄。

水戸藩藩主の五男ですから、頭の中は水戸思想。
幕末尊皇攘夷を主張。

徳川将軍家と近しい藩主家池田氏、対して新藩主慶徳(よしのり)の思想。
親幕府派と尊皇派が藩内で激しく対立したことは想像にかたくなく、鳥取藩は敬幕・尊王という微妙な立場。



しかし結局は、明治元年(1868年)の鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争では官軍方、志願農兵隊山国隊などを率いて転戦。

明治2年6月19日、慶徳は版籍奉還により鳥取藩知事に就任。(後に廃藩置県により免職)


《明治と神社》

慶応3年(1867)年10月。徳川慶喜、大政奉還。


「王政復古の太政官布告」

【太政官布告】慶応四年三月十三日

「此度 王政復古神武創業ノ始ニ被為基、諸事御一新、祭政一致之御制度ニ御回復被遊候ニ付テ、先ハ第一、神祇官御再興御造立ノ上、追追諸祭奠モ可被為興儀、被仰出候 、依テ此旨 五畿七道諸国ニ布告シ、往古ニ立帰リ、諸家執奏配下之儀ハ被止、普ク天下之諸神社、神主、禰宜、祝、神部ニ至迄、向後右神祇官附属ニ被仰渡間 、官位ヲ初、諸事万端、同官ヘ願立候様可相心得候事
但尚追追諸社御取調、并諸祭奠ノ儀モ可被仰出候得共、差向急務ノ儀有之候者ハ、可訴出候事」


まず、「王政復古・祭政一致」を宣言し、「神祇官」の再興が「太政官布告」の形で示されます。


神道国教化の下準備として、明治政府が行ったのが「神仏分離」。


《神仏分離の流れ》

政治背景として、幕末より「神社の復興・廃仏」を唱えた後期国学者や復古神道家の台頭があり、彼等は性急に諸法令を布告させ、実行に移します。

神仏習合の廃止、仏像の神体としての使用禁止、神社から仏教的要素の払拭などが行われます。

祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・仏具の破壊、仏事の禁止などを急激に実施したために大混乱。

当初は「神道と仏教の分離」が目的で、仏教排斥を意図したものではなかったものの、結果的に廃仏毀釈運動(廃仏運動)とも呼ばれる民間の運動を引き起こしてしまいます。

明治4年(1871)ごろ終熄したものの、あまりにも影響は大き過ぎたのです。


さて、そこで鳥取藩です。

ごりごりの水戸思想である慶徳(よしのり)が、藩主となり、藩知事となった鳥取藩。


夏泊神社は、明治元年に恵比須社より改称。

その他多数の神社が、明治元年に社名を改めています。


《私見/まだ調べてるとこなので》
鳥取県内では大半が改称&神宮寺引越あるいは撤去、神社合祀。

幕末明治の鳥取藩の状況を考えれば、上からの神社政策が早く行われたといえるのではないでしょうか。


【姫路神社・由緒】


社殿拝見でぇす。



【祭神】素盞雄尊、大日霎尊(天照大神)、稲田姫尊、事代主尊、保食神

【由緒】

神社明細帳に「勧請年月詳かならずと言えども宝亀2年(771 奈良時代)と古書に記載あり」と記せり、往古より姫路、船磯の氏神にして三所牛頭天王と称した。

寛永10年(1633 江戸時代)旧藩主(池田氏)より信仰暑く社領外高一石八升寄進せらる。

明治元年境内に御鎮座の稲生大明神(保食神)を合祀し、姫路神社と改称

同5年村社に列格、翌6年7月本殿を再建。大正9年7月神饌幣帛料供進神社に列せられる。昭和32年12月、百手神事が県無形民族文化財に指定。昭和61年4月弊殿並び拝殿全面改築。

狛犬の一対は江戸時代末期に気多郡(気高郡)や高草郡(鳥取市西部)地方で著名な気高郡青谷町気多河原の名石工「川六」の作である。殊に子持の狛犬は類がない。


(以上境内説明書より引用)


「牛頭天王」「姫路」といえば、


姫路の廣峯神社を思い出します。

京都の八坂神社と「牛頭天王」総本宮はうちだと競うほどの古社。

廣峯神社と何か関わりがあるのかな?と思い、神社や役場などにお尋ねしましたが、


確固たる文献資料が不明で、関係ないようだとのこと。

えー。

由緒書に「往古より姫路、船磯の氏神」とあるように、地名としての「姫路」(現在も山合にあり)から社名とした方に納まるようです。

平家の落人伝説が残る姫路の土地、ちょっと気になります。


小さくて見えにくいですが、鳥の頭がありました。


文化年間の銘の残る手水鉢が残り


境内社も大切にお祀りされています。


ちび狛ちゃんはお留守でしたが、


子狛ちゃん付きの川六狛犬さん。

神社の由緒には「殊に子持の狛犬は類がない」とありますが、これは鳥取県内全ての神社ではなく、「川六の」子持の狛犬は類がない、と言いたいのだと思います。


賑やかで素敵な姫路神社です。


名残惜しいなぁ。


ぎんなんが強烈ですが、帰りもここを通らねばならず。うぷー。


いつも応援いただきありがとうございます。
鳥取で神社巡りを開始してすぐに、あれ?と感じる違和感。ここもあれかよぉ~っと、トホホ(昭和レトロ?)な気分。鳥取藩といえば「鍵屋の辻」のお話程度しか存じませんでしたが、面白い歴史があるようです。で、姫路神社。仏教色の強い牛頭天王から素盞雄尊へ祭神が変身するのも、八坂神社や廣峯神社と同じです。まぁ、経緯はどうあれ、川六の狛犬さんがかわいいから、いいや。今回は川六巡りに来たんですもの。おほほ。

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石工・川六の狛犬(4)カニ鍋闘争。吽かーちゃんの貫禄

こんにちは。


姫路神社の石工・川六の狛犬。


おたぁけさん=お馬鹿さんねぇ、うふふ、のニュアンス。

時代劇で信長が「たわけ!」と叫ぶ事がありますがこれはきついし言わない。言うなら「たぁけぇ」。
明治生まれの祖母が話していた古い尾張言葉では「おたぁけさん」。

京都の言葉よりも優しいイントネーションと言葉遣いなんですよ。

ちまたで言われる名古屋弁は、吉本漫才の大阪弁と同じく誇張されたもの・・・元名古屋人のつぶやきです。ぶぅぶぅ。


毛並みが深く細かい渦巻きと、外巻きカールです。


尻尾の立ち上がるふさふさの毛並みも、とてもきれい。


とても均整のとれた体つき。おっきなあんよもかわいいですね。


カニかま鍋でも、お出汁が美味しい。


ええええー!?


どうですか、この見事な尻尾。


子狛でさえ手を抜きません。


口元のお髭も実に細かいです。


お髭が青筋立ててるみたい。ぷっ。


夏泊神社の狛犬さんの尻尾は、くるくるのリスのような尻尾。


ほのぼの、ぽってん、っとしたかわいい子達。

姫路神社の狛犬さん達は、一層細かく深く彫られるようになったことが一目瞭然。

夏泊神社から10年を経て、さらに川六の腕は上がっている気がしますぞ。


この子はこれでかわいい。


何とも艶かしい狛犬さんに成長。


とーちゃん、敗北。

つづく。


いつも応援いただきありがとうございます。
とてもきれいでかわいい狛犬さんなので、大きめの画像でお届けしました。カニかま鍋は冬の定番。カニかまはお出汁がとてもよく出るしお安いので、貧乏な私には最強の味方。ぐちゃっとパックに入ったタイプがおすすめです。豆腐とお野菜の鍋に豆乳をささっといれて(沸騰厳禁)小皿にとってだしの素(辛めのもの)と黒七味を入れるのも美味しいです。冬は手間も食費もかからなくて助かります♪

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石工・川六の狛犬(3)姫路神社。阿とーちゃんと子狛

こんにちは。


黄色いのは、ぜんぶ、ぎんなん。

くっさいだけでなく、ちょいとかぶれるので回避。


こちらが社頭。姫路神社です。


訪問日は9月17日。


くきっと折れた参道。


きゃ♪こまちゃーん♪


あうー。

お耳がぴょーんっと跳ねた、それはそれはかわいいちびちゃんが


こちらの展示のため、出張中。

画像はこちら→→姫路神社/ちび狛犬/阿姫路神社/ちび狛犬・吽
(鳥取 Art DB Project /野外彫刻/川六作品/姫路神社へ飛びます)


いいや。あおや郷土館で会ってくるよ。


ご満足でございます。


夏泊神社の狛犬さんは、天保拾年(1839)9月吉日生まれ。

それから10年後が、姫路神社のこの子達。


横に何かくっついてます。


上りの新幹線では、新大阪から10分後の京都を待って、宴会開始。


缶が見えると恥ずかしいので、ハンカチで包んでみるけれど。

しゅぽっしゅぽっと鳴らすので、まぁ、おほほほほ。


ちーびちゃん♪


子狛さんの小さな小さなつま先、毛並みまで細かく彫られています。


一人前に出雲構えのポーズの子狛ちゃん、どこに乗ってるのかなぁ?


ちょっとだけ肉を踏まれるのが一番痛い。


キレッキレのおちりの子狛の励まし。


とーちゃん・・・(ノ_<。)


つるんっとしたお腹以外は細かく深く彫られた美髪です。


編み込んだような見事な尻尾をご堪能くださいまし。

つづく

いつも応援いただきありがとうございます。
姫路神社を見つけて、るんたった♪と踏み入れかけて、ぎんなんに遭遇。まー、すごいにおいでしたわ。こちらの狛犬さんも、出雲立尾に似ていますが、夏泊神社から10年経過して毛並みの彫りが一層細かく深くなっています。正面からでも見えるほどの豚ちゃん鼻がとってもかわいいです。子狛のおちりをぷりっと上げた姿が、今後の川六狛犬に共通化していきます。

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名工・川六の狛犬(2)謎の肉まん、何だこれ?夏泊神社

こんにちは。


川六の狛犬さん@夏泊神社。


夏泊港最奥に鎮座するかわいいお社です。


港の外は日本海。


今日も狛犬さんは皆の帰りを待っています。


・・・こら。

ところでこの吽ちゃん。何やら大事そうにはさんでます。


何かしら?


ほわんっとした、まるでお餅みたい。


あ、そっかー。肉まんかー。

後から差し入れたのかな?と思いましたが、後ろ足が肉まんの台座(っぽいもの)を囲む形に、はじめから彫られているようで。

えーっと。便座みたいな形。


すみません。


どうした、阿ちゃん。


あらま。

で、肉まんですが、これが何かは謎。(下記図録及び展示説明より)


小ぶりですが細工も豊かな本殿です。

夏泊神社の創建は不詳。祭神は、事代主神。

もとは恵比須社と称し、夏泊地区の氏神。

明治元年(1868)潮津神社との合併の指導があるが、漁業関係者の反対により合併せず、現在の名称となる。


(鳥取市あおや郷土館「没後150年記念『因州が誇る幕末の名石工・川六』展」図録より引用)



すごいねー。頑張ったねー。

狛犬さんは、天保拾年(1839)9月吉日生まれ。


鳥居は、石工・川六。弘化4年(1847)6月吉日奉納。


拝殿前に、扇形の拝み石。大正9年。


鳥取県は温泉天国。三朝温泉、はわい温泉、関金温泉など多数。


尻尾の彫りが見事です。

もさ海老は、甘エビ程の大きさで、見た目は地味ですが甘い甘い海老。


あらやだ。天丼ではよく伝わらないっ。えへへへへ。

真ん中の3本がもさ海老。後ろはかき揚げ。うまうまでした♪


じゃ、そろそろ帰るねー。


あ、お船が戻ってきたようです。


こんなかわいい狛犬さんが待っているなんて、うらやましいですね。


夏泊神社
【住所】鳥取市青谷町青谷5513(図録記載住所)
半島西側を海沿いに北上した夏泊港奥に鎮座




いつも応援いただきありがとうございます。
夏泊神社は、狛ちゃん達とずっと一緒に海を眺めていたくなる素敵なところ。川六の狛犬の中で最古の子達はとてもとても愛らしくて、よーしよしよしっとしたくなりました。嬉しい♪嬉しい♪っとふっさふっさと振られたら、はじき飛ばされそうなほど豊かな尻尾。お手をされたら流血必至のでっかい前足。甘噛みだけでも充分穴があき骨折するほどの牙。あー、狛犬さんはわんこちゃんではなく、神様とお社を守る神獣だったなーっと思い出しました。おほほ。

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名工・川六の狛犬(1)夏泊神社のわんわんズ

こんにちは。


お船のモニュメント。ここは鳥取県鳥取市青谷の夏泊港の最奥。

訪問日は平成28年9月17日。鳥取県中部を中心とした大きな地震の前です。
現況は不明ですが、狛犬さんを見て、会ってみたいなー、行きたいなーっと思っていただけたらと思い、記事にします。


目的地は、あちら。夏泊神社です。


道の途中に石灯籠。こんにちは。


何かいます。それはもちろん、


こまちゃーん♪


鳥居は、石工・川六。弘化4年(1847)6月吉日奉納。


狛犬、歌う、ド演歌。


いいのよ、港にはド演歌が似合うのよ。


ごめんください。


吽ちゃんだけカメラ目線。おーい、阿ちゃーん。


うふふふふ。油断した狛ちゃん、かわいいが過ぎる。


ポスターにもなっちゃうほど。

今回は石工・川六(かわろく)の狛犬さんを愛でる鳥取県の旅話。


【石工・川六】

「幕末の因幡国気多郡を中心に優れた石造作品を制作した石工・川六は、因幡国気多郡川積(現・鳥取市青谷町北河原)の生まれで、本名は尾崎六郎兵衛。

銘は尾崎六郎兵衛の他、積の郎兵衛→川六あるいは河六。

生年は不明。没年は『北河原中興寺過去帳』によると明治維新直前の元治2年(1865)12月11日、戒名は『鑿巌良巧信士』となっており、名石工であったことがしのばれる。」


作品数 :銘の確認できるもので現在約40件10種類ほど。
常夜灯(含、灯籠)・狛犬・地蔵尊・手水鉢・鳥居・石垣・句碑・題目塔・顕彰碑・石段・墓碑など多岐に渡る。

制作年代:天保2年(1831)から元治元年(1864)までの33年間。

作品分布:「西因幡」、気多郡(現鳥取市西部地域)を中心に東は高草郡上原(現鳥取市上原)から西は河村郡泊村(現東伯郡湯梨浜町)。

(鳥取市あおや郷土館「没後150年記念『因州が誇る幕末の名石工・川六』展」図録より)



天保拾年(1839)9月吉日。


川六の銘。

現在確認されている中で、最古の川六狛犬さんです。


おっきなお手々とあんよです。


狛ちゃん、あれは車だよ。


どうしましたか。


はいはい。かわいいから許したろ。

では、改めましてご紹介。


「因州が誇る幕末の名石工・川六」の最古の狛犬さん。

阿ちゃんと吽ちゃんとで、お座りの足の開きが微妙に違います。


何を大事にはさんでるのかしら。

つづく。

夏泊神社
【住所】鳥取市青谷町青谷5513(図録記載住所)
半島西側を海沿いに北上した夏泊港奥に鎮座




いつも応援いただきありがとうございます。
どことなく見たことのあるような狛犬さんですよね。いわゆる出雲立尾と言われる子達ですが、川六が作るとこんなにかわいくなりました。絶妙な垂れ耳のぴょんぴょん具合も、困ったような笑ってるような表情も、たまりません。きっと彫りながら「うふふふ♪」だったに違いないです。

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皆生温泉のかけ流し宿で、やどめし

こんにちは。

日曜日、実に二十数年ぶりに従兄弟に会いました。
従兄弟は東京、私は大阪、と離れていてずーっと疎遠でしたが大阪に出張するからとわざわざお泊まりしてくれました。

会ってしまえば時は戻る。不思議なものですね。

お喋りすること五時間以上。でへへへへ。


美保関から境港へ行く途中。


大きなビルより大きいお船が停泊してました。

さて、お宿は皆生(かいけ)温泉。うふふ。


私はお手頃価格のお宿が多いので、庭園があるだけでびっくりです。


(お風呂の画像は末尾記載のホテルHPより拝借)

皆生温泉は大型ホテルが多く、気を付けないと循環湯。

ここは、かけ流し。へっへっへ。


しょっぱいお湯で、湯上がりにはなかなかのほこほこ加減でした。


なめこ&菊花。


ビールはお部屋で飲んできたの。んふふふ。


顔に「おさけすき」とでも書いてあるのか、皆さん私のとこにこういうものを残して下さいます。恥ずかしいわっ。


夜ごはんです。


こっちへ来てよく鴨をいただきましたが、季節なのかな名物なのかな。


ほじくったらオレンジがあったの。うふ。


揚げたてあっちっちーでした。


蒸し物好き。このあとご飯と吸い物とふるーちゅ。

贅沢豪勢なものではありませんが、さらっと美味しいごちそうでした。幸せなり。


旅の夜はあっという間。

なぜなら。

寝る前にもう一回お風呂に入ろーっと思ってたらそのまま爆睡。

えー。夜に戻れーっと心底悔しかった皆生温泉の朝でした。


「海湯のやかた 夢寛歩 皆生」(前はかんぽの宿)
《住所》鳥取県米子市皆生新田3丁目1−7



いつも応援いただきありがとうございます。
皆生温泉のしょっぱい温泉は、湯上がり後も体がほっかほか。この日はお昼に温泉津で強烈な薬師湯に入ってたので、ちょっと疲れたのかなと思います。朝はさわやかぁ~に温泉に入って、朝ごはんを大量に食べて、お部屋で「ぼー」。景色を眺めながらゆっくりお茶して、ゆっくりゆっくりし過ぎてどたばたとチェックアウトしました。

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プロフィール

つねまる

Author:つねまる
史跡をちょろ見しながら、景色を楽しむゆっくり旅。地味。

古典芸能の能楽の、謡と仕舞のお稽古ぐだぐだ日記も。

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