杵の調査報告。ぺったん。

こんにちは。


綾部市の安国寺で紅葉と


十月桜を堪能した後、

向かったのは、綾部市資料館。


安国寺と同じ上杉町に鎮座する八坂神社。

(訂正)初めから八坂神社として祀られていたそうです。


本殿のこの、杵のようなもの。

丹波地域の他のお社にも類似のものがあるかと地味に探してたのですが、どーにもわからず。

この八坂神社独自の由来があるとしか考えられなくて。

こんな時は、専門家に聞いてみよー♪

ってことで。駆け込み寺の綾部市資料館へ。
館長さんが、とても優しい方なので甘えてみましたー。


これ、なんですかー?

本殿は、嘉永2年(1849年)の造営。
大工は、綾部市の大石村の四方平八。

地元の大工さんが建てた社殿でした。


館長さん「面白いですねー♪」


つねまる「ねー♪・・・で?」


宿題になりました。

建築年代と大工名、由緒等については判明しているので調査は行ったそうですが、杵については記載なし。

中井権次一統のような彫刻の専門家の作品というよりは、大工さんの遊び心のような印象ですが、他に類似のものがあるかどうか不明。

杵のあるのは、サケ退治伝説が残る上野町の杵ノ宮神社なのですが、八坂神社は無関係。

八坂神社に独自の由来があるか、知っている人がいればいいのですが。


八坂神社の境内。

文化財や歴史的に重要なものの調査が優先されるため、こつこつと拾い上げていく作業というものが中々難しいとか。

例えば。

中井権次一統の作品についても、氷上郡の地元研究家が調べているので判明してきたこと。

鳥取県の狛犬さんネットワークは、調べる人がいるから、出来たこと。

そうかー。

また面白いもの見つけたら、これなんですかー?って聞きにいこう(違)。
頭はからっぽですが、足なら動くぞ。



それから、名もわからぬ神社だったこちら。

施福寺の山の麓に鎮座していることと、施福寺婦人会奉納の燈籠があったことを伝えて調べていただき、こちらは解決。


名前は、武大神社。

天王宮とも呼ばれた神社でしたが。

明治40年。上記の八坂神社に合祀した経緯がありました。

合祀後、再び現地へ戻したので、社殿の建築は昭和11年。
この時、施福寺婦人会が奉納したのが、燈籠であろうと。


見たのは、社殿前の石がある付近に狛犬さんがいる写真でしたの。

狛犬さんはどこへ。

石工は、沢山庄三郎。


境内近隣に古墳あり。

出土品があり、とありますが、その行方は不明。

あらー。

なんか、変にもこもこしてるなーと思ったら、古墳とな。


上野町八坂神社の狛犬さん。ぶひ。

狛犬。石や木製、等様々な子がいます。

が。

例えば木製の神殿狛犬さん。

仏師が片手間に彫ったので、あまり名前を出したくなかった側面があり、無銘のものも多いとか。

・・・ちっ。

いい顔も姿もしてるじゃないのよ。

神様を守護する狛犬さんなのよ。すごいじゃない。それじゃだめ?

だめか。


わたしなりに、じゅうじつした一日なのでした。


わからないことは、地元の専門家に質問するのが一番ですね。

綾部市資料館様、ご多忙の中、ありがとうございました。



上野町の八坂神社と謎だった神社

上杉氏本貫地の綾部市上杉町。八坂神社の狛犬さん
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-394.html

四道将軍丹波道主命の玖賀耳討伐。毒を治癒の八坂神社
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-395.html

情報求む。なぜ杵が本殿を飾るの?綾部市の八坂神社
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-396.html

火事が続出。さあ皆で秋葉神社の万年講。八坂神社
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-397.html

株荒神。株ってなんなの?おいしいの?
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-398.html


いつも応援いただきありがとうございます。八坂神社のあれがこれが、っと尋ねる時にタブレットに移した画像で話せばいいのに、ブログ画面で話してしまい。資料館様の「楽しそうですね♪」って笑顔が、どえらく眩しかったです。きゃー。楽しんで書いてるけど、きゃー。あっひょいっと踊り出しそうなほど、照れてしまったのでした。きゃー。
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ぽちぽちぽち、ありがとうございます。

紅葉探して安国寺。伝・足利尊氏生誕の地

こんにちは。


・・・あれ?


関西では、春が来ました。か?


訳がわからないことこの上ない。


もう、やだ・・・((T_T))

あちこちのブログ様で紅葉を拝見したので、
山の方ではそろそろかな?っと、北上しました。


大阪府北部は、桜は赤いけどまだまだ。


久しぶりに名月峠。


真ん中が名月姫。左右は父と夫。

鎌倉末期の宝篋印塔。

名月姫については、こちら↓↓
名月峠の名月姫。およしになって、清盛様
http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-377.html?sp

ものはついでに、さらに北上して綾部市の上杉町へ。

上杉町は、建長4(1252)年より上杉氏の所領となった上杉荘。


紅葉の名所、景徳山安国寺。

元は光福寺と称し、南北朝時代より以前から上杉氏の氏寺でした。

初見は建武元年(1334)年の書状。from 上杉朝定 to 光福寺。

上杉朝定は、始祖重房の曾孫で上杉氏嫡流。
叔母の清子は足利貞氏に嫁して、尊氏・直義を生みます。

つまり、足利尊氏の従兄弟。

朝定からのお手紙は、

「其後久不啓案内候」(その後久しく案内を啓せず候)に始まる、
八田郷内能登房跡を光福寺に寄進する旨を記したもの(「安国寺文書」)

書き出しから光福寺と上杉氏の「両者が親しい間柄であったことが読み取れ」(『綾部市史』p167)ます。

さて。

尊氏の生誕地は鎌倉説、足利荘(栃木県足利市)説と、丹波上杉荘説がありますが。

伝承によれば、安国寺の境外塔頭となった常光寺(廃寺)が元は上杉氏の別邸。

尊氏の母・清子は、安国寺(当時は光福寺)の地蔵菩薩に安産を祈願し、別邸で尊氏を生んだと伝わります。


それがこちら。

今は公民館が建ちます。


敷地の片隅には、伝・尊氏の産湯の井戸。

安国寺は

「尊氏は征夷大将軍となった後、暦応元年(1338年)夢窓疎石のすすめにより後醍醐天皇、元弘以来の戦死者の霊を慰め、国家の安泰を祈願するため、国ごとに安国寺・利生塔を建てさせたが、丹波の安国寺には、母・清子の上杉氏が帰依する光福寺を充て、諸国安国寺の筆頭においた。」(『綾部市史』p170)

のですが。

安国寺、というとやはり。


安国寺。江戸時代の鐘。


好き好き好き好きすきっすきぃ~♪

ですな。どうしても。


新右衛門さんが飛び込んできそうな感じ。

違いますからね、ね。


安国寺ですから。安い、じゃない。


違うから。

足利ツウのあなた、家紋、見つけまして?


ここまで徹底している瓦は、スガスガシイです。

あ、これ、山門。


緑のもみじ。


安国寺仏殿。

寛保3(1743)年建立の禅宗仏殿。
裏山の土砂崩れにより往時の建物は崩壊したため、境内の建物は近世。


山門の瓦に同じものがありましたのよ。探してみよう♪


紅葉を探してうろちょろ。


開山堂周りがきれいでした。


紅葉を入れようと苦心惨憺したのに、葉っぱがべろーんって(T_T)

開山堂横に。


(向かって左から)伝・上杉清子、足利尊氏、赤橋登子の墓碑塔。

3基とも無銘の宝篋印塔。
全体の形、笠の隅飾突起等に南北朝時代の特色があり、
安国寺の歴史を物語るものとして貴重。(『あやべ歴史のみち』p047)

『安国寺文書』には、2代将軍足利義詮が、
尊氏及び夫人登子の遺骨を安国寺に納めた御教書があることから、
この3基の宝篋印塔が三人の墓碑塔との伝承になったのかな。


紅葉に埋もれています。


くまが愛でているのは、十月桜。


桜と紅葉。


安国寺お散歩、よかったー、です。


参考文献

「綾部市史・上巻」(綾部市史編纂委員会・編/綾部市役所・発行/1976年)

「あやべ歴史のみち」(綾部市資料館・編、発行/2000年)


いつも応援いただきありがとうございます。上杉荘と上杉氏、足利氏については頭痛の種ですので、今日は紅葉のお散歩記事でごめんあそばせ。関東へ行かれると途端に訳がわからなくなりますの。尊氏なんて、動き過ぎよー。さて、紅葉。やはり関西の見頃は今月中旬以降なのかなー。山もまだブロッコリーでした。紅葉の名所はこれからぎゅーぎゅーに混むんだろうな。駅の改札口を出る前にびっくりして引き返したこと、あります。牛歩戦術したくないのに、進めないんですもの。
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株荒神。株ってなんなの?おいしいの?

こんにちは。


どこかの神社にあった干支の絵馬。今年って戌年だったのか。

え。

さて。八坂神社の前の道をそのまま走ってみたら。


いいかほりがしたので立ち寄ってみました。


てるてるぼーず~てるてるぼーずぅ~♪(違)


社名不明。


とてもきれいに清められた境内です。


手がかりは、これだけ。

お社の前の道を進むと施福寺があります。
そこの鎮守社なのかしら。


ここまで無事に来ることができました。ありがとございます。


よろしく。


ぽー。


境内を外れたところにあった石碑。

「塩尻株荒神守護之碑」と刻まれています。


株。


これじゃない。

村内の本家・分家の同族集団を、「株(カブ)」「株内(カブチ)」と
丹波一円から丹後加佐郡辺りでは呼称します。

正確には、「株」は初期本百姓(名寄帳に記された百姓)の権利諸役を示し、「株内」は中・後期の集団的な権利や関係を示します。

株は本家・分家の関係から成り立ちます。
分家は血縁分家に限らず奉公人・従属農なども含んだ「擬血縁関係」によって構成される同族集団。

「マキ」と呼ぶ地方も多いです。

村内の全戸がいずれかの株に属しており、株は各々「株山・株田」という共有の山・田を持っていました。
また、株親の近くの種池(たないけ)に株内の者が種籾をつけ、株親の家の大田に株内一同が集まって田植えを行う風習がありました。


近世後期には株ごとに「株講」「先祖講」等の共同祭祀を行い、相互扶助(土地売買・借米・借銀・村内出入・農事・家作・婚葬)を中心とする集団となります。


株の共同祭祀としては、共通の荒神さんの小祠や、ソーバカ(詣り墓)を有し、定期的に寄り合いをして「株講」「先祖講」を営んでいます。
講は荒神の掛軸を順番に送ってそれを祀り、会食を行ったといいます。


「塩尻株荒神守護之碑」

これは、その株名と荒神さんを記した石碑。


近道でござるわ。


どこだー。


多分この辺かな、の場所です。




参考文献
『綾部市史』(綾部市史編纂委員会編・綾部市役所)

いつも応援いただきありがとうございます。お社の名前すらわからなくてすみません。株荒神の石碑にパラッパ~っと小躍りしたのでお許しを。この辺りから離合困難な道幅になったので、Uターン。目的地へは遠回りになるけれど広い道を走りました。「大型車通行不可」の標識が出たら、回避が一番。
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火事が続出。さあ皆で秋葉神社の万年講。八坂神社

こんにちは。もんもん。


京都府綾部市上杉町の八坂神社。


ぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったん。


これが何なのかは宿題に。


磐かしら。


「お鼻をポチしたら、狛犬さんが質問に答えます」

そんな狛犬さんに私は会いたい。


発生練習に励む阿ちゃん。大型犬です。


ねぇ、見えないの。あなた、私よりでっかいんだから。


摂社・秋葉神社。

関西では愛宕さんの方が多いので、珍しいなーと思って。

祭神は火之迦具土大神。


熊野の産田神社で生まれたカグツチ様です。


ここ、秋葉神社では「正一位秋葉神社の万年講」が行われます。

「明治20年代にここ上杉町等で火災が続出。

住民の間に不安が広まり、東八田・西八田地区や舞鶴などの30余ヶ村が『丹波丹後秋葉神社万年講』を結成。

遠州(静岡県)の秋葉神社の分霊を受け、明治25年に第1回の大祭を催行したのが始まりとされています。

当日は『火伏せの儀』などを営み、火災除けなどを祈願します。」(綾部市観光ガイド・現地説明板より)

※祭礼の様子は「綾部の文化財日誌」様のレポート記事があります。
こちらをご覧下さい。
→→→遠州から来た秋葉神社を祭る「丹波丹後秋葉神社万年講」

大雪の中の火伏せ神事、寒そうです。



1252(建長4)年。
藤原北家勧修寺流藤原重房が第6代将軍の宗尊親王に従い鎌倉へ下向した功により所領を得たのが、ここ「丹波国何鹿郡上杉荘」。


「上杉重房」を称す鎌倉御家人となり、上杉氏が誕生。


そんな上杉町に鎮座する八坂神社。


大型犬の狛犬さんがお待ちしてます。


八坂神社
《住所》京都府綾部市上杉町小島迫1



参考文献
『綾部市史』(綾部市史編纂委員会編・綾部市役所)

いつも応援いただきありがとうございます。上杉町の八坂神社は今回で最終回。実はお社からすぐの所に上杉弾正屋敷跡がありますの。狛犬さんに夢中ですっかり忘れておりました。へへへ。上杉荘は現在の上杉町と安国寺町付近。上杉氏や足利氏関連の史跡が点在する面白いところです。
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情報求む。なぜ杵が本殿を飾るの?綾部市の八坂神社

こんにちは。


京都府綾部市上杉町に鎮座する八坂神社。


いつもの挨拶。吽ちゃんをフォローする阿ちゃん。

お社のお役に立つほどのお賽銭ではありませんがよろしくて?


黙って怒るのは、一番ずるいぞ。


ほーんでーんでんでん♪と歌ってごまかす。


彫刻がいっぱい。


双眼鏡(船乗りさんかよ)は車に常備です。


すごいなー。面白いなー。


この龍、ペロペロキャンディーみたいに棒の先に付いてます。


そうよ、キャンディーじゃないよ。ペロペロキャンディーだよ。


反対側も彫刻が豊かです。


雲がもくもく。

そして。


この杵のようなもの。これがわかりません。

すみません。

どーーーーーっしても、わかりませんっ。

綾部市上野町の若宮神社には大サケ退治の伝説をもつ「杵ノ宮」があります。
昔、この神社の近くにあった池の大鮭が人々を苦しめていたので魚の行商人が杵で打ってサケを退治し、その杵を祀ったことから「杵ノ宮」ができたとか。

しかし、前回記事のように八坂神社の由緒と伝承では鮭は出てこないから、杵、使わないし。

祭神は、素戔鳴尊・大己貴尊・少彦名命・受持之神。

可能性があるのは、祭神の受持之神。
保食神なので、稲に係わりがある。

また、八坂神社はかつて「飯宮(はんのみや)大明神」と称していました。

これかしら?・・・メシ、かしら?

しかし、私の推測なので論拠がありません。困った。



うああああ。夢にも出てきそうだー。

わざわざここに差す事が出来るように木が組まれているのかなー。


おもちゃ箱に慌てて突っ込んだ感じなのだわ。これが尚更不思議だわ。

・・・えーん。これ、なぁにー?


ほんとは知らないでしょ。そうでしょ。



八坂神社
《住所》京都府綾部市上杉町小島迫1



参考文献
『綾部市史』(綾部市史編纂委員会編・綾部市役所)

いつも応援いただきありがとうございます。この杵にしか見えないものを見つけた時には、筍や茗荷のように神社の由緒や祭礼に係わりのあるものなのだろうと気楽に考えていました。しかし、社伝にも見当たらず。これは、ご祭神から判断するしかないのかな。あー、もやもやするぅー(ノ_<。)
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四道将軍丹波道主命の玖賀耳討伐。毒を治癒の八坂神社

こんにちは。


京都府綾部市の八坂神社。昔は飯宮(はんのみや)大明神と称したお社。

「『永久五酉稔(1117年)三月総社麻多波牟宮神』の銘のある神鏡が伝わっていたので、平安時代には八田郷の総社であったと思われる」(『綾部市史』)。

【祭神】
素戔鳴尊・大己貴尊・少彦名命・受持之神



社伝によると

崇神天皇の十年秋、丹波国青葉山に「玖賀耳」という強賊がいて良民を苦しめるので、勅命を受けた日子坐王・丹波道主命が軍を率いて丹波へ入ります。


開化天皇の子、日子坐王。日子坐王の子が丹波道主命。親子で遠征。


ところが、丹波国麻多之東において毒蛇にかまれ進むことができなくなってしまいます。

ぴーんち!

そこへ、天より声が。


素戔鳴尊ほか三神を祀ったところ験があって病が治り、首尾よく賊を平げることが出来ました。


そして、帰途、この地に素戔鳴尊と諸神を祀ったのが八坂神社に伝わる由緒なのでした。

この社伝は『丹後風土記』の記事と符合するお話。



丹波の地域が大和政権にいかに服属するようになったのかは、記紀に記事があります。


【『古事記』】

「日子坐の王をば 旦波(たにはの)国に遣して 玖賀耳之御笠(くがみみのみかさ)を殺さしめたまひき」(崇神天皇の条)


【『日本書紀』】

「大彦命を以て北陸に遣し 武渟川別(たけぬなかわわけ)を東海に遣し 吉備津彦を西海に遣し 丹波道主命を丹波に遺したまふ 因りて詔して日く 若し教(のり)を受けざる者あらば 乃ち兵を挙げて伐て」(崇神天皇十年九月)

いわゆる「四道将軍」の派遣記事です。

記紀で丹波へ遣わされた人名が異なりますが、日子坐王と丹波道主命は親子。父子並んで丹波方面の征服にあたったものと考えられています。


新しい狛犬さん。

玖賀耳之御笠がどんな人物でどこに居たのか。

『日本書紀』の仁徳天皇の条に「桑田の玖賀媛」の説話があることから、桑田郡に住んでいた説。

他に、『丹後風土記残欠本』によれば

「古老伝曰 当リ于御間城入彦五十瓊殖天皇(祟神天皇)之御代当国青葉山中 有リ土蜘(つちぐも) 曰陸(くが)耳御笠一者而其状賊(そこなう)人民 故日子坐王奉勅而伐之」

(昔々。祟神天皇の頃、丹波国青葉山に民を襲う土蜘蛛と呼ばれる陸耳の御笠って奴がいた。勅命によって日子坐がやっつけた)

と、青葉山に住んでいた説。


若様。

いずれにせよ、文献から判ることは、丹波地方には「玖賀耳之御笠」を代表とする大和朝廷に服従しない首長がいて、大和朝廷は日子坐王・丹波道主命を派遣して平定したという事。


八坂神社拝殿。

日子坐王・丹波道主命に関係のある伝承をもつ神社は綾部市に二社。
ひとつはここ八坂神社。もうひとつは、伊也神社。

山家藩陣屋隣地にある甲ヶ峯城址。

の、登り口に鎮座。


伊也神社。丹波国何鹿郡の式内社のひとつ。


祭神は、大日靈賣尊(おおひるめのみこと・天照大神) 、月夜見尊 、素盞嗚尊。

崇神天皇十年、丹波道主命が何鹿郡に来て甲ケ峯の麓に宮殿を造営し、三神を祀ったのが始め。丹波道主命の死後、伊也神社を勧請(社伝より)。

二つのお社の伝承から、この地方では古くから丹波道主命父子による丹波の平定が信じられていた事が推察されます。


笑い話ではなくて、昔話ね。


丹波平定後、日子坐王と丹波道主命父子はこの地に土着したようです。



兵庫県(丹波)篠山市の宮内庁の雲部陵墓参考地。
考古学名は雲部車塚古墳。

丹波道主命が被葬候補者に想定されている丹波地方最大の前方後円墳。


八坂神社の拝殿。


記紀には、日子坐王を祖とする「丹波氏族」は大和朝廷と深い姻戚関係をもち、丹波で勢力を伸ばしていたことが記録されています。


■第九代開化天皇の妃竹野(たかの)媛は、丹波の大県主(あがたぬし)由碁理(ゆごり)の女(むすめ)(※皇妃を出すのは大和の県主と丹波の大県主であった)

■日子坐王は開化天皇と竹野(たかの)媛の子。その妃の息長水依比売(おきながみすよりひめ)は但馬の出石君家の出

■日子坐王の子・丹波道主命の妃は丹波の河上摩須郎女(かわかみのますいらつめ)

■日子坐王の女狭穂比売(さほひめ)は垂仁天皇の皇后

■丹波道主命の女日葉酢(ひはす)姫は狭穂比売の遺言により垂仁天皇の皇后となり、景行天皇を生んでいる

『三代実録』に出てくる何鹿郡の人、刑部首(おびと)夏継も丹波氏族。


なんとなく、いいかほりがするの。


いえーい♪

しかし、本殿を見上げて、私はものすごく悩むこととなるのであります。


なんでこんな所に、お餅ぺったんするアレがあるのか。

アレ。えーっと。

あ、杵だ。しかも。


こんなにいっぱい。

うーん。うーん。



八坂神社
《住所》京都府綾部市上杉町小島迫1



参考文献
『綾部市史』(綾部市史編纂委員会編・綾部市役所)

いつも応援いただきありがとうございます。「四道将軍」の一人、丹波道主命の名前は見たことがあるものの伝説の中の人。人間関係を見ても「命」とか「媛」がいっぱい登場してさっぱりわからなかったのですが、丹波篠山へ行く際に毎回通る雲部車塚古墳とも結び付いて、なんとなーくお顔が見えた気がします。史跡を巡る醍醐味ですねぇ。うろちょろした甲斐があるってもんです。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

上杉氏本貫地の綾部市上杉町。八坂神社の狛犬さん

こんにちは。


おいしそうじゃありませんこと?


ここは、綾部市上杉町。

古くは「丹波国何鹿郡上杉荘」。


藤原房前を始祖とする藤原北家勧修寺流の藤原さんちに藤原重房がいます。

1252(建長4)年。藤原重房は、鎌倉幕府に征夷大将軍(第6代)として迎えられる宗尊(むねたか)親王の供をし、鎌倉へ下向。(『続群書類従』所載「上杉系図」)

その功により、丹波国何鹿郡上杉荘に所領を得、本貫とします。

以降「上杉重房」を称し、鎌倉では公家から武士となり、鎌倉御家人となりました。

重房の孫娘が、足利尊氏の母、上杉清子。

その後の上杉氏の活躍は周知の通り(調べてみよう)。


上杉氏や足利尊氏のお話は、今回はおあずけ。

八坂神社です。


文句あっかー!?っと鳥居さんが申しております。


色が一緒で困った。


ちょっとお顔が崩れてしまっているけれど、愛嬌のある狛犬さんです。


狛犬さん、こんにちは。


ねーねー。



・・・。


ぶひ、って聞こえました。


背筋がぴーんっとして細工も丁寧な狛ちゃんなのですが。


こらこらこらっ。


え?


おっと。


ごめんなさいごめんなさい。

よもや横顔がこんなに違うとは思わなかったのでした。
ひゃー、びっくりしたー。


八坂神社
《住所》京都府綾部市上杉町小島迫1



いつも応援いただきありがとうございます。八坂神社の雰囲気に吸い寄せられて寄り道。この狛犬さん達、またまた大型犬。少しお顔が丸くなっていますが、体の毛並みも丁寧に彫られ、お行儀よく座るお上品な子達です。全体の雰囲気がなんとも言えずほっこりします。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

篠田神社。本殿は室町時代の式内社

ごきげんよう。


京都府綾部市の篠田神社。


拝殿は入母屋造、本殿は流造。


筍と龍は拝殿正面にいます。


あがぁー、な人も、ここ。


正面の彫刻以外は、蔀の細かい格子が印象的です。


何が?と聞かれても困るけど、なんか、違和感。


拝殿の反対側でも、じぃー。


ぴこーん♪


あーら不思議っ。どうやって階段を下りるのかしら~。

思うに。
昔は拝殿から一度地面に下りて本殿へ向かったのではなかろうか。
弊殿風のものは後から付けたので、違和感があったのかな。

すっきりしたところで、また拝殿をくるりん。


やっと本殿さんに、会いました。


室町時代の建築物として、京都府の指定文化財になってます。

創祀年代は不詳。
棟札によれば796(延暦15)年の再建。

明治時代に阿湏々伎神社に比定されていた阿須須岐神社と「式内社」を争った際、この棟札の「式内阿須々岐神社」の文字を根拠に「式内社・阿湏々伎神社」を主張。

結果、篠田神社が式内社(論社)となり、阿須須岐神社はその名前を名乗ることのみ許されました。(『式内社調査報告』より)

しかし、『式内社調査報告』では、棟札の「元禄七年 願成寺現住快誉」の文字について、快誉は元禄六年五月に死去していた事から、棟札の信憑性を疑ってもいます。


柱の間が五つの流造なので、五間(社)流造。

室町時代の様式をもつ本殿は、1586(永禄9)年再建と記した棟札があると山家藩の記録にあるとか。

室町時代の五間の神社本殿の遺構建築物は、京都府内ではこの篠田神社と他に一棟しかなく、この本殿の価値はとても高いのです。

1922(大正11)年、現在拝殿がある位置から全体の形状を損なうことなく移築改修されています。一部に取替えた跡があるのですが、当初の材木がよく残っています。


間違えずに材木を組み立てるの、すごいなー。

丹波地域の室町時代の神社建築の遺構は、「保守的な形式技法を踏襲している」(『あやべ歴史のみち』)といい、この篠田神社本殿も、装飾は最小限。


どなたかがおいでです。


きゃー。


本殿後ろには筍神事の御ミノシベ。


後ろ姿も素敵。


久しぶりにこのお屋根を見たなぁ。


ついついかぶりついてしまいますが、全体の美しさも堪能しましょ。

と言いつつ、がっぷり。


こちらにもどなたかが。


ぎゃー。


1721(享保6)年奉納の手水鉢。


八幡宮は独立。


左から、廣嶺神社、愛宕護神社、天照皇大神宮、春日明神。


こちらも年代物です。


いてーっな木もあります。


たけのこも建物も楽しかったー。

また来たいなー。


いつかしらねー。


甘えん坊な大型犬狛犬くん。


気持ちいいだろうなー。


しばらく境内で、ぽけーっとして。


ぼちぼちとお社を後にしたのでした。



篠田神社
《住所》京都府綾部市篠田町宮ノ下6-1



参考文献
『綾部市史』(綾部市史編纂委員会・綾部市市役所)
『あやべ歴史のみち』(綾部市資料館)

いつも応援いただきありがとうございます。じっくりと宝探しをした篠田神社は今回で最終回。長々とお付き合いいただきありがとうございました。小高い所に鎮座するお社は、とても清々しくて居心地の良いところでした。さぁて。次はどこに行こうかなー。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

筍も茗荷も神事は生で。

ごきげんよう。



綾部市の筍神事と茗荷神事をご紹介申しましたが、神事当日に行ってないので、『綾部市史』より引用したご紹介記事になっておりました。

ブログを始めた春に、綾部市の山家陣屋と甲ヶ峯城を訪問した折、「綾部市の文化財を守る会」様のブログ「綾部の文化財日誌」にお邪魔しまして。

fc2ブログランキングをご覧になっている方には周知の老舗様ですね。

以来、ブログの執筆者である四方様と知己を得、今回の綾部市散策の記事にもコメントをいただいてます。

綾部市の文化財や祭礼を綴って10年以上。今や全国の文化財をものすごーーーく精力的に訪問されています。その移動距離たるや恐るべし。

で。

「綾部市の文化財を守る会」様の神事当日のレポート記事。
動画も満載で、とても楽しいのでぜひご覧いただきたくて、改めまして、ここにリンクを。



たけのこでその年の稲作を占う筍神事の


京都府綾部市の式内社(論社)篠田神社。


たけにょこ~


御ミノシベと称すミニ竹林。


苦肉の策。たけのこほっくりの図。

「綾部の文化財日誌」様のこちらをぜひ。

志賀の七不思議の一つ篠田神社の「たけのこさん」賑わう(動画あり)

京都府指定文化財の本殿をもつ篠田神社の筍の神事



そして。


茗荷でその年の稲作を占う茗荷神事の


阿須須岐神社。
篠田神社との式内社争いではその座を譲りましたが、阿須須岐神社の名称は認められました。


茗荷田の茗荷の芽。

こちらをぜひ。

志賀の七不思議・茗荷祭が賑わう(動画あり)

式内社・阿須々岐神社で志賀の七不思議の一つ真冬の「茗荷祭」が盛大に催された!


綾部市の文化財を守る会様。四方様。この場を借りまして心より御礼申し上げます。



いつも応援いただきありがとうございます。やはり現場とライブが一番。来年行くよーと思っていても、当日になるとなかなか行けないこともあり。来年の話をすると鬼が笑うし。けけけけ。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

中井権次一統の彫刻いずこ。彫りの深い美形探してます

ごきげんよう


ごきげんよう


京都府綾部市の篠田神社。第3日目。


筍神事のたけのこにょきにょき。

ふっふっふ。


でたー。


まだおったー。


歯のひとつひとつもはっきりしてます。


にらまれちゃった。


うらやましい。


龍さん、はみ出ています。


おくちの中まで見えますわよ。


うっす。


見てほしいくせにぃ~。


うっとりします。


・・・鳳凰かなぁ。

たけにょこにょきにょきに小躍りして、拝殿の彫刻の銘板を探すのを忘れ。
これは誰の作品なのかなぁと悶々としております。

というのも、丹波・丹後・播磨の寺社をうろちょろすると、社殿の華麗な彫刻に出会うことが度々ありまして。



いらんっ。

玉手箱といえば、浦嶋太郎。ここは丹後半島の


浦嶋神社。これは拝殿。


みので編んだかめかめ。


拝殿の彫刻に注目。


江戸時代から昭和にかけて活躍した兵庫県丹波市柏原(かいばら)の彫刻師、「中井権次(ごんじ)」一統。

初代中井正清は宮大工の棟梁として中井一統を率いて柏原八幡社の造営等に携わり、徳川家康に仕え、江戸幕府の京都大工頭の地位にあった名工です。

法隆寺の修理 ・江戸城・日光東照宮・大坂城の築城等にも関わりました。


初代から3代目までは大工職でしたが、4代目からは彫刻師を名乗ります。


彫刻師として活動したのは1700年代中頃から昭和初めの4~9代目。

主に中井権次(言次)を名乗り、丹波・但馬・丹後などの寺社の山門や本殿の破風に、迫力ある龍など霊獣の飾り彫刻を残しました。

「西の左甚五郎」と賞賛される見事な彫刻。

6代目中井喜一郎のとき丹後宮津に移転しますが、丹波柏原の彫刻師「中井権次(言次)」の作品は数々の寺社を飾り続けました。

柏原(かいばら)といえば、美形狛犬(だけじゃないけど)の石工、丹波佐吉が居たところでもあります。


浦嶋神社の拝殿は四方ぐるりと中井権次の彫刻が施されていて、見ていて飽きません。

丹後半島は遠いわー、という方には京都府福知山市の大原神社。

産屋で知られる「おはらざし」の神社。

過去記事はこちら→→→

絵馬が豊かな大原神社。京都府福知山市。
神秘の蛇のヒゲがある大原神社は彫刻ぶらぼー。京都府福知山市。
命を生み出す「産屋」の残る大原神社。京都府福知山市。


ありがたいことに、実は弊記事中でこの「大原神社」「産屋」が検索ワードで継続的に多いのです。



拝殿の彫刻が、中井権次一統の作。素晴らしい龍がいます。


これじゃない。


退治されかけて逃亡中におひげを落っことした龍の伝説がある大原神社。


ぱっと見た瞬間、こりゃすごいぜっと思う彫刻です。







大原神社は水軍で有名な九鬼さんが綾部に転封となり、再建したお社です。現在は綾部市のお隣の福知山市が住所になります。

綾部市には現在、国宝仁王門のある光明寺の本堂含め6棟の建築物に中井一統の彫刻が確認されています。

中井権次一統の彫刻については、柏原市の研究家と中井家の方が作品を探して記録に残している最中で、その数200以上。

素敵な彫刻を見つけて、じいーーーーっと見上げてにやにやするのも、丹波や丹後地方の寺社巡りの楽しみのヒトツなのです。

うひひひ。


あ。しまった。


篠田神社
《住所》京都府綾部市篠田町宮ノ下6-1



参考文献
大原神社・浦嶋神社各現地説明板

いつも応援いただきありがとうございます。神社仏閣の建築に欠かせない「彫物師」ですが、残念なことに廃仏毀釈のあおりをまともに受け新たな中井一統のお仕事は昭和でお納めになっているようです。それはそれは見事な作品の数々、様々な方が追いかけて記録に残しているので、ぜひ検索してみて下さいませ。
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