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大森神社(2)天智天皇の御代より繋がる由緒と比叡山

こんにちは。


・・・狛ちゃん、どいて。


すみません。


ここは、滋賀県東近江市大森の大森神社。


あらま。


緑の中の参道は、気持ちいいですね。

参道が北から南へ向いているので、社殿は東西向きなのかな。
きっとあの先で、かっくんするの。

かっくん。

社殿は東向でした。


おおお、何やら味のある建物ですな。


おんまさんがいっぱい。



【祭神】猿田彦命・玉依姫命

【由緒】社伝によると、

天智天皇の御代、布引山麓に誉田別尊を勧請。

延暦3年(784)
比叡山の僧徳珍が此の境内に伽藍を建て、薬師如来を祀り、玉尾山長福寺と名付けた。

安元2年(1176)
日吉山の十禅師大権現を勧請。

元久年間(1204-1206)
白髪大明神として奉斎。以後400年間八町四方の社地があった。

元亀(1570-1573)・天正(1573-1593)年間
兵火にあう。

八幡社のみを奉斎し、日吉山王より勧請の大神を現在の社地に奉遷。
白髪神社と称し、産土神とし、更に猿田彦大神、玉依姫命を合祀。

明治13年
大森神社と改称、村社。同41年神饌幣帛料供進指定。

(以上、滋賀県神社庁「大森神社」より引用)


琵琶湖を挟んだ対岸には、比叡山。

比叡山の僧の某がやって来て云々などは、琵琶湖周辺名物のイメージ。



舞殿を回り込みまして


ささ、お詣りしましょ。

で。


遠くからここへ来たのは、だれ。


そうか、名探偵ポワロか!

・・・うそーん。

つづく。


大森神社
《住所》滋賀県東近江市大森町 大森神社


県道46号線が社頭と鳥居の間の参道を横断しています。


いつも応援いただきありがとうございます。
由緒を見ると、いかにも琵琶湖周辺のお社らしいお話です。天智天皇、比叡山、日吉山王、兵火ファイヤー。まさに琵琶湖フルコース。小出しにしておりますが、ネタバレご容赦継続中。

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大森神社(1)かわいい子狛と、スパルタかーちゃん

こんにちは。


社格が削り取られた社標柱。

ここは、大森神社。


緑豊かな参道です。


神社の宝箱。


参道の先に鳥居と、狛犬さん。

今日は狛犬の日。


春の日差しはきっついねー。


くるくる巻き毛の凛々しいとーちゃんに対し


さらっさらのストレートヘアーな、子狛ちゃん。

若いっていいねぇ。


子狛、とーちゃんの真似をして吠えてみる。


甘え上手。


かゆいとこに手が届く男。それは、とーちゃん。


気持ちいいねー。


してへんしてへんっ。


かーちゃん・・・。


しぃーっ。


スパルタかーちゃん。


でも、乙女なボール in ボール。素敵な彫刻。


しぃーっ。しぃーっ。


かーちゃん、素晴らしい尻尾です。


かーちゃん、つの、はえた。


とーちゃん、子狛を売る。


大安売り。

しかし、子狛は思う。


子供は案外、おとなだったりする。

さて。

この神社、ある人が関わります。


だーれだ。

といいつつ、ネタバレはご容赦。


大森神社
《住所》滋賀県東近江市大森町 大森神社


県道46号線が社頭と鳥居の間の参道を横断しています。

いつも応援いただきありがとうございます。
ふっかーつ。のんきに寝込んでいる場合じゃないので、時代遅れであろうとも気合一発。いや、お薬のおかげです。この狛犬親子は昭和10年の奉納ですがとてもいい姿でした。赤ちゃんから少し成長した子狛ちゃんというのが珍しかったです。

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邇々藝志神社。六角柱のお地蔵様と十禅寺権現

こんにちは。


しっがぁーの、滋賀県。

近江八幡市。


八幡堀の風景や水郷巡りなどが有名ですが、

やって来たのはこちら。


・・・ふと立ち寄ったお社。

邇々藝志神社。

これを、「ににぎしじんじゃ」と読むまで右往左往。


きゅっとコンパクト。


【祭神】天津彦火瓊瓊杵尊(あまつひこねほのににぎのみこと)

天照大神の孫。天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)の子。

いわゆる「天孫降臨」の方ですね。



狛ちゃん、おはよー♪


ころんころんちゃん。


そんなこと言ってないよー。


なんでしょう。


んまっ、失礼なっ。



【由緒】

建長2年(1250)建立と伝う。古へは十禅師権現と称した。
享禄3年(1530)社殿修造、嘉永4年(1851)改築、昭和17年社殿の位置を現状に変更。

昭和36年の台風(第2室戸台風)により社殿倒壊。仮殿を建立。
昭和53年本殿を新築した。
滋賀県神社庁「邇々藝志神社」より引用)

http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=288


第2室戸台風。

滋賀県県西部を北東に進む「風台風」で、台風が阪神間に上陸する13時すぎには県下全域で20m/sの暴風になり、14時から15時にかけて最大に達し彦根での最大風速は25.7m/sを記録した。このため死者3名全壊家屋は600戸に及んだ。(滋賀県流域治水政策室「水害情報発信」より)

台風、怖いなぁ。今年も気をつけないと。



はて?

真ん中にもう数段あったような感じねー。


どちら様かしら。


ひーとり、ふーたり、さんにん、よにん♪


ごーにん、ろくにん、たくさんのお地蔵さまぁ~♪

六角柱形の石のそれぞれの面に、お地蔵様。

六地蔵なのかしら?面白い形です。



《私見》

由緒では、古くは「十禅寺権現」と称した、とあるので。

恐らく、延暦寺の地主神&天台宗の鎮守神、である山王権現を祀る神仏習合の名残かと。

十禅寺権現の本地仏は地蔵菩薩。

明治の神仏分離の際に祭神が変わったのかしら?



狛犬さんに聞いてみよう。

ねーねー。


「聞こえません」のお耳はやめて。


邇々藝志神社

《住所》滋賀県近江八幡市大房町588




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琵琶湖湖岸から内陸部へ入る途中で立ち寄った邇々藝志神社。難しい名前の神社でした。ころんころんの狛犬さん、琵琶湖周囲で見かける子達ですが、後ろ足が子犬のおすわりみたいでかわいいです。訪問時には境内で氏子さん方が何かの作業をされていたので、お邪魔にならないよにこそこそ。愛想だけはふりまいて参りました。おほほほ。

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滋賀県立安土城考古博物館「表現された神と仏」と狛ちゃん

こんにちは。

さて、やって来ましたのは


滋賀県です。

4月10日まで開催されていた


こちら。

今さら言うなー!な感じですが、

滋賀県の神仏習合文化の特集で、神像や神道曼荼羅等が面白そうだったので、久しぶりに安土へ。

滋賀県立安土城考古博物館は、信長関連の催しも多いですが、湖底遺跡など幅広い特集が組まれるので、スケジュールチェックが欠かせません。

安土城のご近所です。

ここへ来たらいつもこれ。


おにぎりも食べたいけど、やせがまん。


先に図録を買って、お外のベンチで予習。

神様を仏教の曼荼羅図のように並べて描いた「山王垂迹曼荼羅図」等、てんこ盛りです。


ところで。

神様の像、「神像」。

「日本固有の神々は、本来偶像化されないものだったが、平安時代以降は仏教の影響を受け、神像の形で表現され始めた」(展示解説より)もの。

ご神体ですから、非公開が基本で人目に触れる機会は極端に少ないです。

今回の展示物ではありませんが、画像ふたつ。


熊野三社の神像は、国宝。

平安時代の作。仏像とよく似てますね。


熊野那智大社の資料館で展示されていた古神像。

これ、極端に言うと、同じようなものがずらーっと並んでましたの。

神像、不思議だなーっというのが頭に残りました。


博物館で展示されていた、大津市の地主神社所有の「男神坐像(国重文)」などは、これよりもっと素朴ですが、様々な表情と姿でとても興味深かったです。


・・・狛犬ちゃん目当てなのはないしょ。

数組の狛ちゃんがいましたが、もー、かわいくてかわいくて。

おほほ。


博物館だけなのも味気ないので、展示品を所蔵している神社等を訪れました。
「えーっ。ここにあんなすごいものが!?」とびっくりです。

まこと、滋賀の底力は素晴らしい。


ちょっと。変な人じゃないよー。


近年確認された、麗しの


丹波佐吉晩年の狛犬さんです。


子狛ちゃんにも、会えました。


ああ、幸せ。


いつも応援いただきありがとうございます。
ちびっこの頃から祖母に引きずられて仏像巡りをしておりますが、神像は熊野で出会うまで気にしたことがなく。素朴な彫刻がいい味を醸し出していました。博物館がメインだったので、見たいものだけさっさと見て、おやつの時間には帰宅。神社への訪問は少ないですが、いい狛、揃ってました。ふふふふふ。

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八阪神社。甲賀市信楽町は近衛家の荘園

こんにちは。


滋賀県甲賀市信楽町。


信楽町柞原の八阪神社。

この付近は「紫香楽宮」と奈良の平城宮を往来した道になるのか、歴史あるお社が点在する地域です。


むぅらの鎮守のかーみさまっのぉ~♪の趣。


紅葉探して一苦労です。


舞殿。


何が内緒ないしょなのかしら。

祭神は、素戔嗚命(すさのをのみこと)。

本殿が、1688年建築の国指定文化財(文化遺産オンラインによる)なので




でええええぇ~(T_T)


確かに、内緒ないしょでした。



覆屋の中で大切に守られて、いつまでも当時の姿を留めていただけたら、何よりです。



創祀年代不詳。

もと大字畑違垣山下の宮原に鎮座その他(杉山・中野・柞原・畑・田代)の産土神として素戔嗚命(すさのをのみこと)を奉祀。

正応年間(1288~1292)。領主近衛家基により柞原の地に移される。
この頃は東に鎌倉幕府。執権は北条貞時。
信楽は、平安時代より近衛家の荘園。

天文元年(1532)九月。社殿を造立。
寛保三年(1743)。本殿の屋根を修理。

明治初年。牛頭天王の社号を八坂神社に改める。



近衛家の荘園であった信楽にはまだまだ素敵なものがてんこ盛り。


近所のおじいちゃま自慢の石仏様にご挨拶して、さよならしました。


参考サイト
八阪神社本殿/文化遺産オンライン
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/186473

滋賀県神社庁/滋賀県神社庁「八阪神社」
http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=635


いつも応援いただきありがとうございます。「大阪から来てくれたの?」っと笑顔のおじいちゃまの歓迎を受け、立ち話。拝殿と覆屋は近年新しくされ、本殿を末長く伝えていきたいとのこと。氏子さん達に大切にされているお社は、気持ちがいいですね。ほくほくしながらお詣りしました。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

天王神社。石組の磐座の残る信楽のお社

こんにちは。


滋賀県甲賀市信楽町。

信楽といえば、


たぬき。

・・・史跡「紫香楽宮跡」があるところです。


740年(天平12年)の藤原広嗣の乱ののち、聖武天皇は恭仁京(現在の京都府木津川市加茂地区)に移り、742年(天平14年)には近江国甲賀郡紫香楽村に離宮を造営してしばしば行幸した。これが紫香楽宮である。(wikipediaより引用)

聖武天皇が甲賀寺に盧舎那仏像を建立をしようと計画。
しかし、人臣の賛同を得られず、天変地異が重なり、再び平城宮へ。

甲賀寺仏像建立計画は、東大寺盧舎那仏像として結実します。



滋賀県甲賀市信楽町黄瀬の天王神社。


かつてはこの黄瀬・牧地区の遺跡が紫香楽宮跡と考えられていたものの、
ここから北約1kmの宮町遺跡から大規模な建物跡が検出され、
税納入を示す木簡が大量に出土したことなどから、
宮町遺跡が宮跡と考えられるようになり、2005年には宮町遺跡を含む19.3ヘクタールが史跡「紫香楽宮跡」に追加指定されています。

これにより、黄瀬・牧地区の遺跡は甲賀寺(甲可寺)跡であるという説が有力だとか。



龍さん、元気です。がお。


見上げて歩くと、転ぶよー。


くぐっていいのか、迷います。


よかったね~。


・・・口調は、昭和だねぇ。



【祭神】素盞鳴尊

創祀年代不詳。

伝承では、聖武天皇が紫香楽宮へ行幸の時、朝夕御拝のあった神社であると伝えます。

ろまんですねぇ。

これでいいんだ、お社ってさー。
鎮座する地域と境内の趣をじーっくりと感じることが出来れば幸せなのだー。

・・・ちょっとお疲れ気味。



疲れてるから、地べたに這いつくばって見上げなくても外へ回ればよかったんだと後から気付くのさ~(T_T)


津島神社。祭神は、大穴牟遅命(おおなむぢのみこと)。


新宮神社。祭神は、橘諸兄。


天王神社の石碑によれば、往古は黄瀬一村の氏神、後に牧村天神社へ附属したため単に一部村民の維持する所となりますが、文政五年天神社より分離。
以来、黄瀬集落の氏神として崇敬され、明治九年村社となり、大正六年神饌幣帛料供進神社に。



本殿に向かって左奥に、どえらいものを発見。


磐座?

びっくりしました。


残る境内社は、秋葉神社ですが、祠には愛宕神社の名前。
まぁ、いっか・・・名前は後付けかなー。

というのも、



本殿裏には、岩。


斜面に沿って並ぶ巨石群。

恐らく、この巨石群と磐座と思しき石組が信仰の対象であったかと。


すごいなー。

ふら~っと立ち寄った天王神社、とても素敵なお社でした。



いつも応援いただきありがとうございます。信楽といえば、信楽焼。巨大なたぬきさんがお迎えしてくれます。ぼーっとドライブするのに気持ちがいい場所なので、ふらふらして、お?なんかありそうだ~♪っと立ち寄ると、お社。時々間違えて、よそのおうち。えへへへ。
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ちびっこ狛犬と戯れる休日。日野・馬見岡綿向神社。

こんにちは。


レオン氏郷の遊んだ若松の杜と。


馬見岡綿向神社。


境内社が並びます。


境内にある浅間神社。

寒い週末なので、本日はほっこり狛犬。


あら、かわいい。


ちびちゃん、いっちょまえに威嚇してます。


はいはい。


おや、こちらはちょっと大人風を吹かせております。


なぜ神社の狛犬が騎士・・・。


私はこっちですが。


無邪気な顔ですが、とても手の込んだ姿です。

さて、そろそろご飯の時間。おーい。

阿ちゃんの聞き耳。


吽ちゃんの聞き耳と角。


今夜はオムライスです。


ほんと。


乳歯のときんときんがたまりません。


泣かないでください。


すねないでください。


すまないねぇ。辛口の日本酒、ご用意しますから。


酒粕をつまみに呑むんかいっ。

オムライスに旗、立ててあげよっかー?


へいへい。

素直でよろしいっ。


いつも応援いただきありがとうございます。久しぶりに日野の馬見岡綿向神社でした。このちびっこ狛犬くん達、とても丁寧に作られたように思えます。阿くんの乳歯なんて、もう、たまりません。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。


ものすごい風が吹いております。台風よりすごいわぁ。
皆様、お体ご自愛下さいませ。

たなびくくるくる髪。

油日神社。火に油を注いではいけません。甲賀の総社。

こんにちは。


甲賀の景色。


もりもりの森があれば


セメントが固まる前にこそこそっと通ってしまう子がおります。

・・・間違えました。


森があれば、神社。油日神社です。

創始は不明ですが、

「元慶元年(※877年)十二月陽成天皇丁酉朔三日己巳授近江国正六位上油日神従五位下」(877(元慶元)年12月3日。近江国の正六位上、油日神に従五位下(神階)を授く)

と、『三大実録』に記述がある(国史の初見)ので、この頃には既に神社の形態となっていた事がわかります。

国史に記載があるので「国史見在社」といいます。



【ざつだん】
平安時代927年にまとめられた「延喜式」巻九・十は古代律令制の「神祇官」が作成した「官社」の一覧表。
これを「延喜式」の内の「神帳」に名前が載る神社ということで、延喜式内社、式内社、式社といいます。神社の格付けですね。全国で2861社。そこに鎮座する神の数は3132座にもなります。

官製の選定ですから、当然、背景には政治色が濃いぃです。

記載のない神社は「式外社」。
しかしそこには、朝廷の勢力範囲外の神社や、熊野那智大社等の独自の勢力を持った神社、仏を祀る寺の神社(神仏習合)、石清水八幡宮等の僧侶が管理した神社、正式な社殿がなかった神社(日本古来の自然信仰)があります。

私は「式外社」といえどもお社はお社だと思います。
日本には、なんたって八百万の神がおわすのですものー。
全国の「おらが神さん」をまわりたいです。

で。

式外社でも六国史(日本書紀・続日本紀・日本後紀・続日本後紀・日本文徳天皇実録・日本三代実録)に記載がある神社を特に国史現在社(国史見在社とも)と呼びます。

油日神社について「甲賀郡 川枯神社二座」と見る説もありますが年代不適合な点があり、確定に至らずです。


社伝縁起には用明天皇、或いは天武天皇の頃の創始と。


楼門は1566(永禄9)年建立。


朝廷や民の崇敬を集め、元慶(三大実録記載年間)以降、神階は上がり、「正一位油日大明神」(本殿棟札・1493《明応二》年上棟)に。


油日神社の特色は楼門の廻廊。覚えておいてね。


楼門を通る瞬間が好きです。


桃山時代建立の拝殿。
お椀を伏せたような曲線のものを「唐破風」といいますが、ここは軒にあるので「軒唐破風」。


ちんご。


格子戸、いいなぁ。


どれが誰だかわかりませんが。


棹縁天井。おばあちゃんちみたいですが、棹が太い。


境内は広いのに、本殿と拝殿がぎゅーぎゅーです。



【祭神】油日神
【配祀神】猿田彦神 罔象女神


油日神社は、背後にある標高694mの油日岳をご神体とします。
山頂には奥宮があり、油日神社はその里宮。


油日岳の山頂に油日大明神が降臨した時に一大光明を発したため、油日の名がついたといわれます。

「天地創成の母胎である『アブラ』に宿る『ヒ』(日、火、霊)の大御魂」と戴き、萬象根元の神、諸願成就の神、油の祖神なのです。


ご神木と本殿と、井戸。


正面は南向き。ここは西側。


明治の悪令「神仏分離令」の刷り込みで神社に鐘楼があると不思議だと思いがちですが、日本古来の形は、神仏混合。


こんな風景、いいなぁ。

この油日神社。甲賀にあります。
甲賀といえば、甲賀五十三家の同名中からなる自治組織「甲賀中惣」。


油日神社は、甲賀五十三家の総氏神。

廻廊内部はこのように集会所のようになっています。
油日神社の特色です。

毎年の油日まつりには甲賀武士の中から五頭殿が巡年参向、天正14年には「甲賀中惣」より永代神領百石の寄進を受けています。


いつも応援いただきありがとうございます。油日神社は、二宮君の映画「大奥」、映画「武士の献立」、大河「平清盛」、ドラマ「女信長」、朝ドラ「ごちそうさん」等、数々のロケ地になっています。京都の巨大な官製神社もいいですが、ひっそりと佇む地味でも荘厳なお社が好きです。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

大鳥神社は篠山城。土塁と庭園が共存する大原氏氏神。

こんにちは。


関ヶ原合戦前、上杉討伐に向かう家康に届いた長束正家の招待状は、石田三成の陰謀でっせーっと伝えた篠山景春。

鳥居元忠と共に伏見城で討死。

そんな篠山景春、甲賀武士。
甲賀五十三家の大原氏の一族、大原(所属氏)篠山(個人名)氏。

甲賀市甲賀町鳥居野の大鳥神社。

鳥居野は大原氏の本拠地。現在の大鳥神社は大原篠山氏の篠山城跡に建ちます。

神社の下には大原川が流れております。



1744(延享元)年。石工・杉本文右衛門。


厳島神社と同じ両部鳥居。


京都の八坂神社を模した楼門。広大な神域です。

陽成天皇の882(元慶6)年(平安初期)に伊賀国阿拝郡河合郷篠山嶽より大原中に勧請。

その後当地鳥居野に移し祀られます。

甲賀地方の延暦寺の別坊三十六院「大原山河合寺」として祭日は日吉神社に準じました。

1184(元暦元)年の佐々木秀義と伊賀平氏の油日谷(あぶらひ)の合戦の時、秀義が戦勝を祈願。以後佐々木氏の崇拝を受けます。


【主祭神】素盞鳴尊
【配祀神】大己貴命 奇稲田姫


「大鳥神社は『牛頭天王』を祀る祇園社」と簡単に説明されていることが多いのですが、主祭神は素盞鳴尊。

なんだこりゃー?

主祭神の素盞鳴尊を「牛頭天王の化身」とする考えが根底にあります。


【牛頭天王と祇園祭と素盞鳴尊】

吉備真備は唐で極めた陰陽道を広めるため、素盞鳴尊を「星の運行を司る神」であり「祇園精舎の守り神である牛頭天王の化身」であるとしました。

平安時代。都は疫病大流行。

夢で見たお告げに従い清和天皇が869年、播磨の廣峯神社(黒田官兵衛の故郷の神社)から都へ分霊してお祀りしたら疫病は収まりました。

そのお祝いが祇園祭。分霊を祀り建立されたのが京都の八坂神社。

ここ大鳥神社の楼門が八坂神社を模しているのは、この関わりから。


織豊時代には、「河合祗園社」「大原谷の祗園社」「牛頭大明神河合社牛頭天王」と称されます。


1595(文禄4)年。当社の花奪神事に豊臣秀吉がお墨付きを与えます。

現在も7月23・24日に行われる「大原祇園祭」(滋賀県指定無形民俗文化財)。

「祇園会」として行われる花奪神事は、須佐男命の八岐大蛇退治を模して、全ての災い・病気の悪魔を祓うことを願って執り行われます。
踊り子、花鉾を各大字(おおあざ)が10個ずつ参拝して、陰陽栄を歌い、踊りを献納。花鉾の花枝を参拝客が先を争い奪うことから「花奪神事」といいます。

1689(元禄2)年。第五代将軍綱吉の生母桂昌院より永世山年貢五石八斗を当社の修繕料として寄付されました。


透かし塀は、覗くためにあるの。


狛犬不在かと思ったら、中にいました。

神紋は五葉木瓜。篠山氏は木瓜に二つ引両。
木瓜紋は伴氏に共通。


かごの中の鳥。世間知らずの狛犬くん。


1868(明治元)年。旧大原荘の「大」+鳥居野の「鳥」=「大鳥神社」に改称。

大正元年。旧大原村九地区に祀られていた神々を境内社に合祀(神社合祀令)。

【境内社(摂社・末社)】八幡神社 日吉神社 西ノ宮神社

1916(大正5)年。火災より本殿を残して焼失。

1920(大正9)年までに楼門・拝殿・神楽殿・神饌所・中門・祝詞殿および社務所などを再建。滋賀県技師・亀岡末吉の設計。


神楽殿。戸板を取れば背面が鏡板張りで老松が描かれる正統派。

さて、現在の大鳥神社は大原篠山氏の篠山城跡に建つので、そう思って見ると。

禊の場所は、こうなる。


楼門は、こう見える。


狛犬、捕まる。


ように見える。


黄色い紅葉♪のある、社殿東側が面白いです。


わしゃっとしている紅葉の下を覗いてみると。


なんでしょう。


庭園の跡かしら。


怪しいもりもり。


篠山城の名残の土塁。
大鳥神社本殿を囲むような形で掘られた二重の空堀があるようなのですが、ただ、何分、お社なのであまり奥へは行けず。


微妙な段差をちょろっと見て戻りました。

ちょろっと見える本殿は延焼を免れ、1685(貞享2)年(墨書による)の建立。


篠山さんが愛でた庭園なのかなー?


不思議な空間。


イノシシのほじくった跡を踏んづけて足をひねりつつ、悩む。


ぽー。

篠山景春が鳥居元忠と共に伏見城で討死した後は、篠山城は廃城となります。

しかし関ヶ原後、家康は伏見城で戦死した篠山景春の二男資盛を召出し鳥居野を安堵。江戸時代には陣屋を構え、代官として本領を治めました。

よかったよかった。


いつも応援いただきありがとうございます。神社の駐車場入口がわからず尋ねた地元の方が「てんのうさんはねぇ」と仰って、いや、大鳥神社ですが、あのぉ、っとおたおたしました。今も氏子の方々に親しまれている大鳥神社。甲賀では珍しい二重堀と最大規模の城域を誇る篠山城跡。探検するのが楽しいところです。
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ぽちぽちぽっち、ありがとうございます。

大鳥神社。家康に長束正家の陰謀をチクった篠山さんのおうち。

こんにちは。


関ヶ原の合戦前。1600(慶長5)年6月。
上杉討伐に向かう家康に、水口岡山城の長束正家が朝食にお誘いします。


石田三成側の長束正家。


めっちゃうまそうだ。

そこへ。

豊臣方の策謀だと告げ、夜中に家康を鈴鹿峠まで送った人がいます。


篠山城主、篠山備中守理兵衛景春。

誰?

この人甲賀の人。
甲賀五十三家の「大原氏」の一族「篠山氏」。

甲賀では同名中(惣)の一族名と個人姓、二つの姓を持っていました。
大原さんに属する篠山さん、「大原篠山氏」となります。


また、用心深い家康が一介の武士の言葉を簡単に信じるわけはなく。

この大原氏。甲賀郡大原が発祥ですが、元は近江伴氏。
「伴・大原・上野・多喜」は特に「伴四党」と称されます。

そして、近江伴一族は元を辿ると三河出身。

よって徳川家康とは従来より関係があり、1560(永禄3)年の桶狭間の合戦では、大原氏らは徳川に属して参陣。(この時期、岡崎の大樹寺の弟子に大原景顕という人物あり。)

また、1562(永禄5)年の鵜殿氏の上ノ郷城攻めに苦戦した家康の援護に、甲賀武士が攻略で活躍。

さらに1582(天正10)年の本能寺の変の時は、伊賀の人が有名になってしまいましたが、甲賀武士等も家康の三河帰還を助けております。


そんな大原さんが最初に城を築いたのは、甲賀市甲賀町鳥居野。
大原氏の氏神を城内に勧進したのが

大鳥神社。
京都の八坂神社を模した門です。


8月1日。篠山備中守理兵衛景春・景尚親子や他の甲賀武士は鳥居元忠の麾下に属して伏見城の守備に入ります。

長束正家が伏見城に立て籠もる甲賀武士に妻子を人質として降伏をすすめたところ、甲賀武士の中には離反する者が出てしまいます。

結果は周知の如く、伏見城落城。

篠山備中守理兵衛景春親子は戦死。



関ヶ原後、家康は伏見城で戦死した景春の二男資盛を召出し鳥居野を安堵。

江戸時代には陣屋を構え、代官として本領を治めました。


今も8月3日には同名中「大原」氏が羽織袴に帯刀で集まる大鳥神社。

大原氏には、信長家臣の滝川一益、水口岡山城初代城主の中村一氏がいます。
滝川一益は、1570(元亀元)年の信長と甲賀武士団との戦い以後「同名中」より除外されました。そりゃそうだ。


参考文献
大鳥神社HP→→→大鳥神社HP

大鳥神社
《住所》 滋賀県甲賀市甲賀町鳥居野783


いつも応援いただきありがとうございます。甲賀市はテクテクすればするほど素敵な史跡のドツボにどっぽん。滝川ー益まで出てきてしまって、もうどうしたらいいのやら。「ウイスキーのお湯割り、いやいやほぼ原液やん?」を飲みながらじっくり考えます。
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